| 写真 | タイトル | 説明 | 登録日 |
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1 | | 信州上田学2023/地域キュレーションVol.2 | 長野大学講義科目「信州上田学」(2023年度後期)を受講した学生たち(主に新入生が対象、3学部横断)の「地域キュレーション」(地域を探究しアウトプットする学び)のアウトカム集です。講義内容は「信州上田学2023①~④地域キュレーション」をご参照ください。
「学生による地域キュレーション2023(信州上田学A受講生)」それぞれのマイテーマにリンクしています。[ Vol.1 | Vol.2 ]
No. ニックネーム/探究テーマ
探究のねらい
- よう/地域交通と産業のつながり
交通インフラと産業は密接に関連していると考えたから。産業の発展には
| 2024-02-16 |
2 | | 信州上田学2023/地域キュレーションVol.1 | 長野大学講義科目「信州上田学」(2023年度後期)を受講した学生たち(主に新入生が対象、3学部横断)の「地域キュレーション」(地域を探究しアウトプットする学び)のアウトカム集です。講義内容は「信州上田学2023①~④地域キュレーション」をご参照ください。
「学生による地域キュレーション2023(信州上田学A受講生)」それぞれのマイテーマにリンクしています。[ Vol.1 | Vol.2 ]
No. ニックネーム/探究テーマ
探究のねらい
- こぶた/別所を盛り上げるには
サークルの関係で別所に行く機会が多々あるが、別所の魅力にまだ自分自身
| 2024-02-16 |
3 | | 泥宮に行ってきました。 | 泥宮まで行ってきました。
歩いて片道45分~1時間ほどかかった気がします。
流石に歩いていくのは時間がかかりました…
私のように散歩感覚で行くのはおすすめしません。
泥宮に行くまでの道のりは、行きは生島足島神社を通り過ぎて、交番があるあたりで右に曲がりました。曲がった先から道には街灯がないので、夜には行かない方がいいと思います。暗いしこの時期の道は雪があったり凍ってたりで危ないので。
帰りの道は、甲田池・塩田町駅・男池を通る形のルートで帰りました。
上田市は少雨地域である為、ため池が多いことは学びましたが、歩いていると思ったよりも近くにため池群があり、楽しかったと思うとともに、すべてのため池を巡りたいなとも感じました。
夜遅くに行ってしまったので、泥宮の雰囲気は不気味に思えました。 | 2024-02-13 |
4 | | 安楽寺八角三重塔 | 日本最古の禅宗様建築で、長野県内では松本城とともに最初の国宝指定を受けた文化財である。また、日本で現存する唯一の八角塔である。高さ18.75mで、内部の天井や八角の仏壇も他に類を見ないものである。しかし、その希少価値の高さや歴史の深さなどが観光客に最大限伝わっておらず、一連の観光資源として活用できているようには感じられなかった。特に、別所温泉には数多くの寺社が建てられており、古くから中国の高僧や全国の学僧が訪れた。だからこそ、地域として関連性のある遺産が多い。それをもっと有効に活用するべきだろう。 | 2024-02-13 |
5 | | 安楽寺八角三重塔 | 中国から伝わった「禅宗様」で造られた、信州で初めて建てられた禅寺であり、長野県の「国宝第一号」である。一見、四重塔に見えるが一番下の屋根は裳階と解釈されている。塔の形が八角形と、特徴的である。八角形の塔は全国にこの塔一つしかない。頂上には相輪が晴天高くそびえたっている。
私は、「全国で一つ」や「県内国宝第一号」など観光客にとって魅力的な肩書が多いと感じた。凝った建築と森林の中の佇まいによりその肩書に負けない壮大な雰囲気がある。 | 2024-02-13 |
6 | | 中禅寺 | 中禅寺は、塩田平に仏教文化が根付いた時期を示す建築などがあるお寺だ。敷地はさほど広くないものの、薬師堂や如来坐像など、みるべきものが多い。
また、枯山水の庭も美しく、私が行った時には雪がうっすらとかかっていて風情があった。東屋もあるので、庭を見ながらくつろぐのもいいだろう、 | 2024-02-13 |
7 | | 【上田市の銭湯】銭湯の分布から見る地域の考察 | 突然ですが、皆さんは銭湯に行ったことはありますか?
銭湯というと、富士山の壁画が描かれた、東京の大きな下町銭湯を思い浮かべる人が多いと思います。ここでいう銭湯とは、法律で定められた一般公衆浴場のことです。
ここ上田市にも、地域に根付いた街のお風呂屋さん、銭湯が2軒あります。ですが最盛期には、なんと24軒もの銭湯がありました。昔は市街地ではお風呂のある家庭は一般的ではなく、農村部のお百姓さんの家、どこかの大富豪の社長さんの家など、限られた家庭にしかありませんでした。そこで、「浴場業(銭湯)」という一つの業種が確立されたんですね。今回はこれまでの調査のまとめとして、「銭湯の分布から見る地域の考察」を題として、上田市の銭湯の現状とともに記していきます。
◎上田市の銭湯の現状
下に上 | 2024-02-12 |
8 | | 【上田市の銭湯】地図から銭湯の分布を見てみよう~「史的ニ上田」編~ | 突然ですが、皆さんは銭湯に行ったことはありますか?
銭湯というと、富士山の壁画が描かれた、東京の大きな下町銭湯を思い浮かべる人が多いと思います。ここでいう銭湯とは、法律で定められた一般公衆浴場のことです。
ここ上田市にも、地域に根付いた街のお風呂屋さん、銭湯が2軒あります。ですが最盛期には、なんと24軒もの銭湯がありました。昔は市街地ではお風呂のある家庭は一般的ではなく、農村部のお百姓さんの家、どこかの大富豪の社長さんの家など、限られた家庭にしかありませんでした。そこで、「浴場業(銭湯)」という一つの業種が確立されたんですね。今回は、上田市の銭湯を研究するための必読書、「史的ニ上田(15)上田の銭湯」という文献をご紹介します。
(画像は、文中にも登場する中央3丁目(松原町)の「竹の | 2024-02-12 |
9 | | 【上田市の銭湯】地図から銭湯の分布を見てみよう~大正期編~ | 突然ですが、皆さんは銭湯に行ったことはありますか?
銭湯というと、富士山の壁画が描かれた、東京の大きな下町銭湯を思い浮かべる人が多いと思います。ここでいう銭湯とは、法律で定められた一般公衆浴場のことです。
ここ上田市にも、地域に根付いた街のお風呂屋さん、銭湯が2軒あります。ですが最盛期には、なんと24軒もの銭湯がありました。昔は市街地ではお風呂のある家庭は一般的ではなく、農村部のお百姓さんの家、どこかの大富豪の社長さんの家など、限られた家庭にしかありませんでした。そこで、「浴場業(銭湯)」という一つの業種が確立されたんですね。今回は、そんな上田市の銭湯の分布を、2つの大正期の地図から探っていきましょう。
(画像は最盛期の銭湯をGISアプリで国土地理院の地理院地図にプロットしたもの)
| 2024-02-12 |
10 | | 水の移動経路 | 川やため池の水は、直接そこに雨が降ったものだけでなく、周囲の高地から流れ込んできたものも多い。高い山があれば、雪解け水も入ってくる。このため、降水量が少ない地域であっても、上流の降水量が多かったり、山脈に面していたりすれば、十分な水を確保できる。
水底は田より低いため、水位が低いときは用水として使いにくい。洪水のリスクが高まるため、底を上げればよいというものでもない。水位が低い場合は、ポンプを使うようだ。
しかし、近代的なポンプは、ため池が造られた江戸時代にはなかった。現在のため池を見ると、当時は底近くに水路を引いたり、水位が一定以上のときのみ水を水路に送っていたと考えられる。現在も、水位が高いときはポンプとは別に排水するようだ。 | 2024-02-11 |
11 | | 【第3回】ホテルルートイン上田 | 一番長野本部から近いのがここホテルルートイン上田だ。現在広く展開されているルートインブランドである。2023年4月現在、このブランドで271ホテル展開されている。
ルートインという名の通り、国道18号線沿いにあり、無料駐車場が完備されている王道のルートインといっても過言ではない。室数84室で人工温泉、朝食バイキングがある。人工温泉は男女入れ替え制だが、女性の入る時間が短いため、男性客が多いのではないかと予想できる。 | 2024-02-10 |
12 | | 【第2回】ルートイン長野本部 | ルートインには、日本国内に3つの本部がある。東京本部、大阪本部、そして上田にある長野本部だ。東京と大阪は日本の2大都市であり、ビジネスの拠点として本部が立地することが多い。しかし、3つ目の本部が東名阪の名古屋でなく、長野県そして長野市でも松本市でもなく、上田にあることは面白い。その理由は、言うまでもなくルートインの発祥が上田だというからだろう。
ルートインの前身である永山興産株式会社が1977年に上田市に設立された。そこから、運営総客室数 60,233室に及ぶ巨大ホテルチェーンが誕生した。 | 2024-02-10 |
13 | | ため池の自然における役割 | 天然の湖や池が少なく、川も浅い塩田地域では、ため池が水鳥のすみかとなっている。
また、水草が多く茂っているため池もある。その中には水辺にすむ昆虫などが生息していると考えられる。草が多いため池は十分に管理されていない可能性があり、自然に還りつつあるとの見方もできる。
水が少ない地域では、ため池は生き物にとっても貴重な水場である。しかし、ため池はあくまでも人工的な環境である。石やコンクリート、金属で作られた箇所が多く存在する。
ため池を人が利用し続けるなら、人工的な部分を残してもよいだろう。しかし、野生生物のためだけに保存するのであれば、パイプなどの人工物は撤去するべきだと考える。ため池を使い続けるのかどうか、はっきりと決める必要がある。 | 2024-02-10 |
14 | | 長野県上田市にある別所線の終点である別所温泉駅 | 別所線は大正から昭和にかけて開業した蚕都(サント)上田を支えた5つの私電鉄のうち、唯一現役なのである。また、上田から別所温泉に至る路線は大正10年(1921年)に開通した。また、中塩田駅や別所温泉駅など、駅舎に近代の趣を残す建物が多いのも特徴である。また、別所温泉駅は別所温泉街の玄関口として、別所温泉の発展に大きく貢献してきたと言える。また、別所温泉駅も信濃国分寺・生島足島神社・泥宮も結ぶレイラインの一部である。そして、別所温泉駅は、別所温泉街への玄関として長年、別所温泉の歴史や文化を伝える拠点として重要な役割を担っているとされている。そして別所温泉駅もまた竜と生きる町、上田としての文化的な背景を示す象徴的な存在と言える。
実際に訪れてみて、昭和のレトロ感があり、駅としてだけでなく、 | 2024-02-06 |
15 | | 駅から温泉街まで(駐車場前) | 別所温泉駅から温泉街までの中間に位置する駐車場前。
車をここに停めてここから温泉街まで歩く人も多いと思うが、ここから温泉街までの道のりも普通の田舎道といった感じで、あまり魅力的ではない。 | 2024-02-01 |
16 | | 生島足島神社 | 平安時代初期に生まれたものか
生島大神は万物に生命力を与え太古より守り神として信仰されてきた。
→日本遺産の掲示板から引用しました。詳しくは実際に行くと近くに分かりやすい説明があります。
かぼさ
・小さい頃から初詣にお世話になっており、しっかり見たことはないなと感じ、探求しに。
・初詣の三日目は少し人通りが少ないなと思いつつ、いつもよりは多いと思う。
・大学に行く際に見られる鳥居はここから繋がっているのかと感じた。
・池には鯉や鳥?がいて餌やりをすることができる。
・写真は12/7撮影 | 2024-02-01 |
17 | | 男池、女池 | 上田にある殆どのため池が戦国時代から江戸時代に作られた物である。男池、女池は江戸時代の仙石氏が上田を治めているときに作られた。次に男池の貯水量は約五万㎥で、満水面積は約二万六百㎡。一方で女池の貯水量は約一万八千㎥で、満水面積は約八千八百㎡。男池と女池を比較してみると、男池の方が貯水できる水の量が多い。現在は農業用水として使用されており、隣の産川から池に貯水されている。 | 2024-01-31 |
18 | | ミルキーウェイ | ミルキーウェイ
長野大学から徒歩20分くらいの場所にあります。このお店の特徴はとにかく量が多いです。店内には学生や男性客が多くいました。メニューの数も多く、和洋中なんでもありました。デザートも沢山あって、選ぶのが楽しいです。また、スープとコーヒーのおかわりが無料なので好きなだけ飲めるのもポイントです。店主の方の人柄も良く、恐らく常連の方とお話をしている姿をお見かけして暖かい雰囲気が素敵でした。お持ち帰りのメニューもあり、国民の母という感じがして地域の方の拠り所になるのも分かるなと感じました。 | 2024-01-31 |
19 | | 豊上モンテリア | 豊上モンテリア
長野大学から徒歩15分ほどの場所にあります。ここは、地元の人に人気なアイスクリームやさんです。毎日フレーバーが変わるところが面白いです。どれも美味しくていつ行っても新しい味があるので楽しいです。また、外にはウッドデッキの机やベンチがあり、家族やと友達などとワイワイ喋りながら食べるのも楽しいと思います。ここに行って驚いたことは、価格の安さです。学生のお財布にも優しく、好きな味が色々楽しめます。そして、気になる本日のフレーバーは毎日Instagramで更新してくれているので行く前にチェックすることが出来ます。ただしとても人気なので夕方には売り切れてしまうことも多いので注意です。 | 2024-01-31 |
20 | | 麺賊喜三郎 | 麺賊喜三郎
長野大学から車で7分くらいの距離にあるラーメン屋さんです。二郎系インスパイアのお店です。二郎系と言えばルールが厳しい、入りにくいというイメージも多くある中でこの店はルールなどはありません。店内も綺麗で柔らかい雰囲気なので入りやすいと思います。1人のお客さんだけでなく家族連れや学生のお客さんも多いです。学生応援として、高校生と大学生は安く食べれるラーメンもあることが愛される魅力とも言えます。そして、店長さんは常連の方を覚えてらっしゃるようで声を掛けている姿を見ました。食事の場にコミュニケーションを持ち込んでいるところも素敵だと思いました。 | 2024-01-31 |
21 | | まとめ | ここまでいくつかお盆について紹介してきましたが、この季節行事一つとっても、今は「一つのイベント」ぐらいに感じている人も多いと思いますが、昔の人にとってはもっと大切な意味を持っていたことが分かります。
それに、今より娯楽が少ないであろう当時、このような季節や伝統に沿って行われてきた行事が、大きな楽しみであったのかもしれません。
皆さんもぜひ、地元や今住んでいる土地にあるお祭りや行事に関心を向けてみてはいかがでしょうか。 | 2024-01-31 |
22 | | 上田原 | 東西に国道143号、上田電鉄別所線、北東から南西に県道上田丸子線が通じる。東部の倉升山麓に発達する扇状地と、産川、千曲川が形成する河川段丘の上に立地する地形で、地名の由来となっている。
中世は小県郡小泉荘の一部をなし、下之条に跨る一帯は天文17年(1548年)に起きた上田原の戦いの古戦場跡である。
当駅は別所線内で全15駅のうち、上田駅に次ぐ2位の平均乗車人員。一日の利用者数が多いために、当駅には待合室のほかに、下車の際に整理券と料金を渡す手間を省くことのできる、券売機もあるのではないかと考えた。 | 2024-01-29 |
23 | | 駅に最も近い温泉 | 坂の多い別所温泉を散策した足の疲れをとるには、温泉が一番である。今回は、駅から徒歩数十秒というところにある「あいそめの湯」にやってきた。この温泉には露天風呂がある。露天風呂からは、美しい景色を見ることができる。私は、夕方にこの温泉に入ったので、夕日に染まる山々を眺めながら、ゆっくりと温泉につかることができた。みなさんにも露天風呂から見える絶景を楽しんでもらいたい。 | 2024-01-27 |
24 | | 安楽寺八角三重塔 | 安楽寺八角三重塔は、全国で唯一の八角形の塔で、国宝に指定されています。建築様式は禅宗様で、鎌倉時代に仏教が入ってきた時期を示しています。このような八角の塔は中国では一般に見られるものということから、信州上田の地では、外国の文化を積極的に取り入れ異文化交流を行っていたのかと想像しました。また、禅寺である安楽寺は本当なら本尊は釈迦如来ですが、この塔の内部には大日如来が安置されています。このことから、やはり降水量が少なく日射量が多い上田という地で、幅広い人たちから大日如来は信仰を集めたのかと感じました。 | 2024-01-26 |
25 | | 塩田平の民話や伝説について まとめ | 塩田平の民話は、現場に行って体験しないと気づかないこともあると思った。例えば、前山塩野神社の伝説の拝殿に彫刻された龍が出てくる話は、文だけを見て、龍は一匹だけなのかなと思って読んでしまったのだが、実際に前山塩野神社を見てみると、龍は複数彫られている。(写真参照)そのことから、目玉をくり抜かれた龍はどれだったのか。はたまた複数いたのではないか。と色々考えることができるため、現場に行かないと分からない面白みが塩田平の民話にはあると感じた。したがって、塩田平の民話に興味を持った際には、ぜひ民話の現地に行って体験してみることをおすすめする。また、縁結びの美欄樹の話など、インターネット上で紹介されていない民話が塩田平には存在していたことが分かった。加えて、自分が調べた限りでも、塩田平 | 2024-01-26 |
26 | | 別所 part3 | 前回、「あいそめの湯」での地域を盛り上げている活動としての紹介をした。
初回は、「北向観音」の基礎情報について投稿した。
そこで今回は、「北向観音」での観光客を取り込み、北向観音へ初めて来た人や外国の方に楽しんでもらえ、地域を盛り上げるために行っている活動を紹介する。北向観音へは、外国人のかたも多く訪れている。だから、外国の方が予想だにしない状況で日本の文化に触れる機会となり、喜んでいただけることが多い。北向観音の境内で太鼓と踊りを行ったり、大門通りで行ったりする。こちらも、あいそめの湯と同様に、昨年まで、月に一回のペースで行っていた。
今回貼り付けているものは、その時の写真だ。
| 2024-01-25 |
27 | | 上田城 | 真田真田昌幸によって築城された上田城は、徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城である。
上田城は自然が多い場所で、夏は避暑地となっていた。
また頂上から見る景色は、上田を見渡すことが出来絶景スポットとなっている。
春は上田城千本桜まつり・秋には上田城紅葉まつりが行われ、多くの人々が訪れ賑わいを見せる。
2009年に公開された映画「サマーウォーズ」では、ヒロインの実家、陣内家お屋敷の門として登場することで話題となった。多くのファンが訪れるスポットである。 | 2024-01-25 |
28 | | 上田城内 | 上田城は、真田昌幸が真田氏当主であった1583年
に築城が開始された平城である。1585年の第一次上田合戦では攻め寄せた徳川軍を撃退し、その後、関ヶ原の戦いの第二次上田合戦でも東軍別動隊の徳川秀忠軍を退けた。のちに天下統一を成し遂げた徳川軍を二度も退けたことにより、「落ちない城」として現代でも語り継がれており、受験シーズンには合格祈願をする受験生で賑わうことが多い。 | 2024-01-25 |
29 | | 長野の観光地の持続性 菅平高原 | 菅平高原と峰の原高原はとても雄大な景色を持つ場所である。この場所は様々なスポーツをするのにも向いていてラグビーやサッカー、ウィンタースポーツなどができる。そのためスポーツシーズンでは訪れる人が多いがそれ以外の機会では訪れることがないのが現状である。しかし、訪れてみると高原はとてもきれいな場所で空気も澄んでおり、木々もたくさん茂っていた。このことから、様々なシーズンで楽しめると考えたので、このテーマに合うと考えた。実際に話を聞いてみるとスポーツの試合などでしか使われないと聞いたので、もっと盛り上げていきたいと考えた。 | 2024-01-25 |
30 | | 生島足島神社 | 平安時代初期に編纂された「延喜式」に載る古社で、「大地」を御神体とする生島大神と足島大神を祭っている。太陽が夏至には東鳥居の真ん中から上がり、冬至には西鳥居の真ん中に沈む。このことから「太陽」と「大地」を結ぶ神社だと言われている。境内には樹齢推定800年を超える「夫婦欅」があり、良縁子宝が祈願される。
私は、生島足島神社が武田信玄や真田昌幸から崇敬されたという点に興味を持ち、訪問することにした。訪問した際に、七五三のお祝いが行われていて、地域に根ざした神社だと感じた。神社へ参拝する人は年配者が多いが、行事での利用が増えれば若者も訪れやすいと思う。 | 2024-01-25 |
31 | | | 戦前に発行された西塩田時報は戦争、学校、地域などの時事ニュースが多く書かれており、生活の知恵と思われる記事は957ページの中でたった5つほどであった。戦後になると生活の知恵を特集したコーナーのようなものができ、数ページごとに1つ生活の知恵と思われる記事が掲載されている。また、記事の内容も変化しているように感じられる。戦前は、睡眠やビタミン、乳児の育て方という基礎的な生活の知恵であったのに対して戦後は基礎的な生活の知恵も残しつつ、季節の料理やさらにより良い暮らしを求める記事が多い。この変化は、戦前から戦後にかけて人々の暮らしに対する意識の変化があると考える。戦前は生きていくことに必死で暮らしの質は求めておらず、戦後になり心にゆとりが生まれることで暮らしに対する質を求めることができる | 2024-01-24 |
32 | | 富士山の恐ろしさ | 私は静岡県出身で富士山を見て生活していた。富士山は昔から富岳百景などで有名である。世界中からも人気で外国人観光客が多く来て、世界遺産にもなった。しかし、災害が多い今そこで私は富士山の恐ろしい面を調べることにした。恐ろしい面を知り、今後どのように富士山と関わっていくかを考えた。
参考資料
葛飾北斎 画『富岳百景 3編』二,永楽屋東四郎[ほか],天保5-6 [1834-1835] 序. 国立国会図書館デジタルコレクションhttps://dl.ndl.go.jp/pid/8942998
富士市「フリー写真素材集」
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/page/gazou/fmervo000001dsro.html
山梨県 編『富士山の自然界』,山梨県,大正14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/983213
富士市 富士山の噴火史について
https://www.city.fuji.shizuoka.jp/safety/c0107/fmervo000000oxtb.html | 2024-01-24 |
33 | | 北向観音堂 | 厄除観音として昔から信仰を集め、長野市善光寺と向かい合うように本堂が北を向いている事から北向観音と呼ばれるようになりました。善光寺と合せてお参りするとさらにご利益があるといわれています。
北向観音は825年(天長2)、比叡山延暦寺座主・慈覚大師円仁により開創された霊場です。 現世でのご利益を授けてくれるという千手観音を御本尊とし、本堂に祀っています。
坂道が多いので、足腰が弱い人は訪れづらいなと感じました。 | 2024-01-23 |
34 | | 信濃国分寺の瓦 | 左に烏天狗、右に天狗をかたどった瓦がありました。
天狗はご存じの方も多いと思いますが一般的に赤い顔、高い鼻、翼を持った神あるいは妖怪です。古くから山間部は異界とされ、そこで発生した様々な現象を天狗によるものだとしていました。
烏天狗は烏のような嘴、翼を持つ神あるいは妖怪です。源義経に剣術を教えたのは鞍馬山の烏天狗と言われています。
どちらも寺に入る邪気から守るために設置されているようです。
こういった魔除けの意味を込めて建築物に生物や神、妖怪などをかたどったものをつくるという文化は非常に興味深いです。信濃国分寺ではこのような「瓦」の形で表現されているのでなかなか珍しいと感じました。調べても詳細は出てこなかったのですが、像などではなく瓦という形をとったのか気になりました。 | 2023-12-17 |
35 | | 安楽寺 八角三重塔 | 安楽寺は信州最古の禅寺。
境内の奥にたたずむ塔は日本で唯一の木造八角塔で、長野県で最初に国宝に指定された。
塔は本来、お釈迦様の遺骨を奉安したものだが、中世以降は特定の人物や戦死者の
供養の建てられたものが多いため、恐らくこの塔も北条氏の供養塔として建てられたものと考えられる。
一見四重塔に見えるのだが、一番下の屋根は「裳階」と言われており、ひさしに相当するので数えないそう。
本堂のある位置から入場料を払い、木々の間に整備された階段を数十段と上っていくと
その塔はある。
造りがとにかく細かく、あの湾曲した木はどのようにして切り出したのかと
考えさせられる。
八角ともなると立体的かつ厚さを感じ、圧倒された。
塔に着くまでにかなり階段を上るので
ご高齢の方や身体に不自由がある方だと | 2023-12-14 |
36 | | 火の元注意 | 当時の人々にとって火という存在は生活に必要不可欠なもので、うまく利用していました。しかし家などは木で造られ、燃えやすい環境で暮らしていたの事実です。もちろん火事も起こっていたでしょう。この記事はそんなことに警鐘を鳴らしている記事です。
また個人的には四月が一番火事が多いということがなぜなのか気になりました。
現在とさほど火事の原因に差はないことも分かりました。
当時の人々は火事をどうやって消火していたか気になります。
▼この記事は以下から参照できます。
#1260 『西塩田公報』第4号(大正25年12月1日)166頁 | 2023-12-13 |
37 | | 生活改善に就て(『西塩田時報』第10号(1924年10月1日)2頁) | 今でも話題になる、生活改善について。昔の人は、どう考えていたのかが、わかる記事です。
消費節約とは、浪費せず、奢侈をしないで、倹約することである。と書かれてあります。現在でも、お金に関しては節約しないといけない、と考える人が多いのではないでしょうか。今も昔も変わらずに日常生活についての問題となっています。同じことで悩んでいることがわかる興味深い記事だと思いました。
この記事を読んで、改めて自分の生活を振り返るのもいいかもしれません。
▼この記事は以下から参照できます。
#50 『西塩田時報』第10号(1924年10月1日)2頁 | 2023-12-06 |
38 | | スーパーNANA'Sが東御に | スーパーマーケットNANA'S(ナナーズ)を知ったのは川上村を訪れた時です。高原野菜の生産地で知られる川上村の生活を支える地元スーパーです。そのNANA'Sが2023年3月、東御市にも進出したことはニュースで知りましたが、その東御店に昨日12/3、初めて訪れました。
いくつものスーパーがしのぎを削っています。長野県では、ツルヤ、デリシア、綿半、やおふく、その他他県からも展開する西友、イトーヨーカドー、バロー、ベイシア、原信など。その激戦地に食い入る力強さを感じます。お客さんも数多いことにも感心をしました。 | 2023-12-04 |
39 | | 【上田市の銭湯】②宮桜の湯 | 突然ですが、皆さんは銭湯に行ったことはありますか?
銭湯というと、富士山の壁画が描かれた、東京の大きな下町銭湯を思い浮かべる人が多いと思います。ここでいう銭湯とは、法律で定められた一般公衆浴場のことです。
ここ上田市にも、地域に根付いた街のお風呂屋さん、銭湯が2軒あります。今回は、日の出町(常田3丁目)の「宮桜の湯(みやざくらのゆ)」さんをご紹介します。
宮桜の湯さんは、イオンスタイル上田や信州大学繊維学部の近くにあります。イオンの前の「信大繊維学部入口」交差点から信大正門の方へ進み、道なりに行けば右手に看板が見えてきます。玄関の「わ」の看板と薪のいい香りは営業中の証。ちなみに夏と冬で暖簾が違うんです。水色地に花火の絵柄が牛乳石鹸制作の2005年夏バージョンの暖簾、紺地に図形が描 | 2023-11-30 |
40 | | 別所温泉にのこる伝承② ~大湯~ | 大湯も、別所温泉に存在する内湯の一つである。この温泉は、湯量が多いため、大湯と名付けられた。そしてこの温泉にも数多くの伝承が残されている。昔、猟師に矢を射られたキジがこの温泉で傷をいやした、という伝承から、きじ湯とも呼ばれていた。また、平安時代の武将である木曽義仲とその愛妾である葵の前が戦いの傷をいやすため、大湯を利用し、「葵の湯」とも呼ばれていた。
このように様々な別名を持つ大湯は、現在も公衆浴場として営業中なため、一度訪れることをお勧めする。 | 2023-11-30 |
41 | | 北向観音 | 平安時代初期に比叡山延歴寺座主慈覚大師円仁が開いた霊場である。北向きの本堂は全国でもほとんど例がなく、南向きの善光寺本堂と相対している。「極楽浄土」を願う善光寺と両参りし、ここで、「現世利益」を祈ることで、御利益があるとされている。
境内に入る前に商店街があったが、平日だったため、あまりお店が開いていなかった。いつ来た観光客でも楽しめるように活性化を目指すべきだと感じた。また、別所温泉地域全体で坂道や狭い道が多い印象だった。
北向観音と善光寺の両方に参拝すると、より縁起が良いことをもっと発信することで、所温泉の集客にも繋がると感じた。そして、境内から見える景色が綺麗だったため、これもSNSなどで発信していきたいと感じた。 | 2023-11-30 |
42 | | 下之郷駅 | 生島足島神社にかなり近い距離にあり、見た目は鳥居と同じ朱色です。駅から神社まで散歩にちょうどいい距離で、観光客の方も来やすいと感じました。
上田電鉄の駅、別所線は建物が特徴的でかわいいものが多いためもっと観光客にアピールするべきであると思いました。 | 2023-11-29 |
43 | | 上田市の花火大会 | 8月5日にあった花火大会です。人は少し多いですが、少し離れたところからでも綺麗に見えるので来年はぜひ行ってみてください。また、イカ焼きなどの屋台もあり、楽しく花火を見られると思います。しかし、人が混んでいるので早めに来るとよいと思います。 | 2023-11-29 |
44 | | 泥宮 | 日本遺産の泥宮。
周りには人気がなく、交通量の多い道路も少ないため、静かに楽しめます。
山々が360度見渡せるため、とても景色が良く、穴場スポットです。
別所線に乗っていける距離であるため、観光客も楽しめます。
上田市には多くのため池があります。 | 2023-11-27 |
45 | | 前山寺 | 前山寺の本堂です。本尊は大日如来で、真言宗のお寺であり、信州で経学の殿堂として名をはせました。信州四ヶ檀林の内の1つに数えられていることから、信州や中部の僧侶の方に信仰されてきたお寺だと感じました。また、信州塩田平には、大日如来をご本尊とするお寺が多いように思えます。私は、塩田平は日本有数の小雨地域で日照率が高いことと、太陽という存在に例えられる大日如来とが何か関係しあっているのかなと思いました。塩田平には、中禅寺薬師堂や安楽寺など、古刹が多く存在しその多くは鎌倉から室町時代の建立です。塩田平は、「信州の鎌倉」と呼ばれるにふさわしいと感じました。 | 2023-11-26 |
46 | | My trip memories 3 | 別所温泉地域には日本遺産に含まれる建造物などが多い。
その1つが別所線の施設ということで別所温泉駅の写真も載せます!!
趣深い外観が印象的でした。上田地域特有の気候であるゲリラ豪雨からも守られてきているのがすごいと思いました!
このような施設の大切さがもっと多くの人に伝わりますように! | 2023-11-23 |
47 | | My trip memories | 1人で別所線に乗って別所温泉に行ってきた!
北向観音や常楽寺にゆったり行くことができてよかった!
今年3回目の訪問であったけれど、四季の移り変わりが目で確認できるため有意義な時間になったと思う。
今度家族を観光案内できたらいいなと感じた。
写真は常楽寺の松の隣で撮ったものです。
ここまでの移動手段は徒歩でしたが,坂が急な場所が多く学生でも息切れる程でした。また交通の便が非常に良くないため駅から遠い所にこんな歴史的建造物があることを知らない人が多いと考えました。
よってタクシーの配置や看板マップの充実などの対応をしていけばもっと観光客だけでなく地域住民も行きやすいそんな観光地作りができると考えられます。 | 2023-11-23 |
48 | | チームラボ金沢城光の祭 | ★チームラボ金沢城光の祭(公式サイト)
学会で金沢に滞在し、幸いなことにチームラボのイベントが金沢城で開催されていました。11/11(土)、ついでにイベントを体験してきました。前日の雨から一転し肌寒くも幸い好天に恵まれました。大勢の人々が訪れ賑わっていました。チームラボを見るのは1年前、水戸の偕楽園のイベント以来です。趣向はほぼ同じで会場が異なり、どのように違うのかを比べるのも楽しみでした。このイベント、初見の時には感興があって感動的でしたが、2回目は感動はどうしても薄れます。広い会場だけあって今回は卵がめちゃくちゃ多い。卵の狭間に埋もれそうになります。偕楽園の梅林にしつらえられた光の仕掛けの繊細 | 2023-11-17 |
49 | | 長野大学付近のため池(夫婦池) | 長野大学の近くにある、その付近では比較的大型のため池。降水量の少ない塩田平では、このようなため池が多く存在する。
あふれないようにするためか、高い土手で囲まれている。土手の下からは用水路が出ている。ここから田へ取水するのだろう。
撮影日の数週間前から雨が降っていなかったが、水量は多いように見えた。撮影時点ではすでに稲刈りが終えられていたため、水の消費量が少ない時期と考えられる。 | 2023-11-07 |
50 | | 学生の地域探究テーマ2023 | 【第3回課題10/19】信州上田学2023/マイサイトと探究テーマ
▼社会福祉学部学生
1 長野県の自然
2 蚕都上田はどのようにして生まれたか
3 上田の地域の特徴から、福祉に活用できる社会資源を考える。
4 上田にある文化財について
5 上田市の特産物にはなにがあるのか、特産物と気候や地形との関係、特産物を使った料理について
6 上田市の食とそこから見る地域の特性
7 上田城の季節による変化
8 食と福祉(飲食店と社会福祉施設、養護施設との連携)
9 真田幸村と上田の関わり
10 なぜ上田には晴れが多いのか
11 別所温泉の自然風景とその風景に関する歴史学的・地理学的な知識
12 上田と福祉について
13 上田市内の地区の名前の由来について
14 上田市は子育てや生活をする上で、便利な地なのかどうか
15 上田市の子ど | 2023-10-29 |
51 | | 【上田市の銭湯】①柳の湯 | 皆さん、銭湯に入浴したことはありますか?
銭湯というと、富士山の壁画が描かれた、東京の大きな下町銭湯を思い浮かべる人が多いと思います。ここでいう銭湯とは、法律で定められた一般公衆浴場のことです。
ここ上田市にも、地域に根付いた街のお風呂屋さん、銭湯が2軒あります。今回は、柳町(中央4丁目)の「柳の湯」さんをご紹介します。
柳の湯は、北国街道柳町の外れにあります。路地を歩いていると、「湯乃柳」と右書きの文字と看板建築が目に入ります。玄関に入りますと、右手が男湯、左手が女湯になっています。木戸を開けてさっそく中に入ってみましょう。
入るとすぐ番台があり、ここで料金を払います。脱衣場で服を脱ぎ、さっそく入浴です。浴室は広く、奥に2つ浴槽があります。両脇にはシャワーとカランがあり、椅 | 2023-10-27 |
52 | | 海野宿、宿場から蚕種製造地へ | 中山道の宿の一つ、海野宿は重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に指定されています。江戸時代は宿場として栄えましたが、明治期に入ると宿場としての役割は終わり、それぞれの家は蚕種製造民家として新たな形成が図られました。
明治20年代に多くの家屋が建て替えられています。宿場と解釈される方が多いですが、現在の街並みは蚕種製造民家群が残されたものです。ウダツが上がっているのも特徴です。信州蚕糸業遺産として広く知られて欲しい歴史遺産です。 | 2023-09-23 |
53 | | 常盤町の歴史 昭和35年から昭和39年まで | 今回の「常盤町の歴史」では、常盤町創立(昭和35年)から平成3年(「常盤町30年のあゆみ」に記載されている範囲)の範囲内を可能な限り記す。内容に関しては私個人が重要な事を抜き出し及び文章を変更して記載すると事実と異なる内容となる危険性があるため、記されている内容をそのまま記載する。尚、該当ページは第3章常盤町30年のあゆみ、第1節常盤町30年の沿革表が記されている77頁~100頁である。文量が多いため、5年毎複数のページに分けて記載する。
昭和35年
12 県企業局より住宅団地造成計画のあることが地元(生塚区)に示される。
昭和36年
2 このころから生塚区及び関係地主の対応が具体化し始め、団地造成委員会を設けたり関係地主大会も開かれ、県や市との交渉・話し合いが頻繁にも | 2023-08-09 |
54 | | 岩村田駅 | 岩村田駅は長野県佐久市岩村田にある、JR東日本小海線の駅である。
単式ホーム2面2線を持つ地上駅であり、互いのホームは跨線橋で連絡している。以前は駅舎と反対側のホームは島式ホームとなっていた。
JR東日本によると2021年度の1日平均乗車人員は1,067人である。
駅周辺には岩村田高校、佐久長聖高校、佐久平総合技術高校、浅間中学校と学校が多い。 | 2023-05-27 |
55 | | つくば市:00歳代人口が30%の区域がある | 少子高齢化、人口減少が全国的に深刻な状況の中にあって最も人口増加率の高い都市が茨城県つくば市です。
【全国の市】人口増加率ランキング
全国792市の人口増加率。2020年10月1日の国勢調査人口から2022年10月1日の推計人口までの人口増加率
第1位 つくば市 4.48% 2022年人口:252,4812020年人口:241,656
つくば市は筑波研究学園都市建設から約50年が経過し、都市の再開発が進んでいます。とりわけTX(つくばエクスプレス)の開業による変動は著しく「研究学園」地区が旧市街地に並ぶ新興中心部と化してきました。人口の偏りは区域別に見ないとその実態が見えません。
そこで、『e-stat』(総務省統計局)から「令和2年国勢調査 小地域集計 第3表 男女,年齢(5歳階級)別人口,平均年齢及び総年齢町丁・字等」を参 | 2023-05-22 |
56 | | 坂城神社 | 坂城神社に夕方の4時半頃に行ってみました。神社を正面から撮ってみると趣を感じます。周りは田んぼが多いので虫の鳴き声が響いており心地よい風も吹いていました。 | 2023-05-10 |
57 | | 巴蓋 | この瓦の写真は「巴蓋」という種類で獅子や菊の装飾をすることが多いとされているそうです。しかし、現在の新しい家にはそのような装飾を見たことがないので珍しいものだと感じました。この瓦は水が装飾されていると思うので家を火事から守るという願いが込められていると思います。 | 2023-05-10 |
58 | | 雲の切れ間の青空と上田市の車社会を物語る一枚 | まだらな白い雲の切れ間に見える青い空がきれいです。上田市に住むうえでは車はほぼ必須。駐車場がびっしりと埋まっています。
長野大学の近くで撮影しました。都会や街中にキャンパスを構える大学と比べると長野大学へ車で通学する人が多いですよね。 | 2023-05-09 |
59 | | まとめ(上田との比較) | 今回、千曲市の橋を調査をしてみて、案外その数が少ないことに驚きました。
もちろん、調査にかけることができた時間も足りないというのは事実ですが、同じくらいの時間で行った上田市での調査では十五以上見つけたのに対し、千曲市では七つに留まりました。
ここで推論として考えられるのは、「大きい川があるから橋の数も多いとは限らない」ということです。千曲川のような巨大な河川に橋を架けるとなると、膨大な時間と費用がかかります。そういくつも架けることは市の財政的にも厳しいですし、最低限で抑えるのは当たり前です。よって、細かい河川が少ない千曲市には、そこまで多くの橋が見つからず、逆に多かった上田市では多く見られたということでしょう。
当たり前のように考えられる今回の推論ですが、実際にこの目で見て判 | 2023-05-07 |
60 | | 中山道69次資料館 | 4/30(日)、軽井沢町追分にある中山道69次資料館を訪れました。上田から軽井沢をつなぐ浅間サンラインはその終点で国道18号線に合流します。中山道69次資料館はその合流点の突き当りにあります。軽井沢に行くたび、その前を通過しながら、これまで資料館を訪れる機会がありませんでした。
★中山道69次資料館
私設の資料館です。冬期は休館し、ゴールデンウィーク初日の4/29に開館したとのこと。館長さんのこだわりから展示が構成されており、非常に面白いものながら、時間の限りもあってじっくりと見学するというわけにもいきません。
江戸・京都間を結ぶ東海道53次に対して中山道は69次。数が多い。いずれも浮世絵によっても知られています。東海道は広重の作。では中山道は? 英泉の作です。英泉は知り | 2023-05-01 |
61 | | 通学路の鳥も使う歩道橋 | この大きく存在感のある歩道橋は、交通量の多い下の通路と近道になる上の通路を支えるため作られました。長い年月からか植物も巻き付き歩道橋内部の鉄線には鳥も生息しています。このような自然との調和からここに興味を持ち記録させていただきました。 | 2023-04-27 |
62 | | 明治時代のお洒落と色 |
https://jpsearch.go.jp/item/dignl-848938
婦人の装飾には二方面があり、そのいずれもおざなりにはできない。二方面とは第一が肉体の美、第二が服飾の美とある。
肉体の美とは、紅を塗り白粉を施しあるいは肉色を麗しくはせ、あるいは穢れを着けず、あるいは手の指を美しくさせ、あるいは爪紅を入れあるいは顔立ちによって白粉の塗り方を違える。
顔色を良くする化粧や、顔立ちによって化粧を変える等は現代と共通していることがわかる。
服飾の美とは髪の飾りから始めて、衣服、指輪、下駄など体の格好に応じて帯の締め方もあり、顔の色に応じて半衿や羽織などの色の去り嫌いもあり、良くも悪くもこれひとつでどうでもなる。とある。
顔の色に応じて服装や化粧を変えるのは、今で言う「パーソナルカラ | 2023-02-08 |
63 | | 花岡みよし | 花岡は、明治25年鍛冶町に生まれた。太平洋戦争の終戦を期に、女性の積年の願いであった婦人参政権が認められ、昭和21年の総選挙は女性の初参加で行われ、国会の女性議員は39名という驚異的な結果となった。女性の政治への進出は地方にも波及し、「女性議員を出そう」の機運は上田でも高まっていった。市議会議員候補者に何人か上がったが、最後はともに婦人団体活動でリーダーを長く経験した花岡と金子ふじが候補者として選ばれた。
女性の権利が認められていないことが多い時代に女性が活躍していけるように努力を続けた人だった。
参考…上田人物伝 https://museum.umic.jp/jinbutu/data/023.html | 2023-02-08 |
64 | | 八木沢周辺の聖地 | 「八木沢駅」もロケ地として利用されてきました。
・「夏風」(2002)
・「いくつもの、ひとりの朝」(2006)
・「たとえ世界が終わっても」(2007)
・「ロスト・ハーモニー/Lost Harmony」(2011)
・「ナナとカオル 第2章」(2012)
・「あの電燈」(2014)
・「赤い糸の女」(2012)
などがあります。
上田電鉄別所線の駅舎がロケ地となることも多いようですね。 | 2023-02-08 |
65 | | 西塩田時報から学ぶライフハック③ | 西塩田時報には『家庭メモ』というコラムがあり、生活に役立つコツやレシピなどを紹介している。
ここでは私が気になった記事を紹介していく。
~この記事で知ることができるライフハック一覧~
・玉ねぎを調理するとき、ぬるま湯の中で皮をむくと涙も出ないし、手にも臭みが残らない
・天ぷらの衣にはすりおろしたとろろ芋やベーキングパウダー、重曹を混ぜると軽くておいしい衣になる
・魚を焦がさずに焼くには、尾やヒレなどの焦げやすい部分に塩を塗ってから焼くとよい。また二をかぶせて焼くと熱が逃げないので、上手に焼ける
パンを薄く切るには包丁を熱い湯につけて温めてから切るときれいに切れる
・革物の汚れには揮発性のもので洗った後、コールドクリームか靴クリームを薄く塗る
今回は調理の知恵が多いです。天 | 2023-02-08 |
66 | | 壺形土器について | 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/J-14320?locale=ja)
壺形土器(つぼがたどき)
弥生時代の農耕生活の進展が土器の上にも反映され、用途別の器種を生み出した。貯蔵用の壺、煮沸用の甕、盛り付け用の鉢・高坏といった用途で利用された。
壺型土器は口の部分が一度くびれるものが多い。この土器はもともとこの形であったのか、上部の口の部分が取れたのかは不明である。
時代:弥生時代(中期)・前2~前1世紀
出土地:長野県岡谷市天竜町・中央町・本町天王垣外出土
所蔵主:東京国立博物館 | 2023-02-08 |
67 | | 住民とよそ者の熱量の差 | 大洗町でのフィールドワークを通して、住民の方にお話を聞く機会がありました。
その方は地域活性化に興味を持ち、もっと活動に関わっていきたいといった考えを持つ方でしたが、興味深いお話をされていました。
それが、「よそ者の方が真剣に大洗町について考えている。自分たちが情けない」といったものです。
確かに地域住民の中にはよそ者や地域活動に肯定的ではない方も多いですが、その方にとっては情けないと感じる程の熱量の差が感じられたそうです。
このことからも、地域住民のシビックプライドの醸成と、よそ者側からの積極的な働きかけ、つまり巻き込みを今後のテーマとして考えてみようと思います。 | 2023-02-02 |
68 | | まとめ | 長野県郷土料理を調べて可能な限り、実際に食べてみた。
全体を通して保存を意識された味付けが多いということが考えられた。腐る原因となる水分も可能な限り飛ばしているものが多く、結果としてご飯のお供のようなもの味が濃いものが郷土料理として伝承されやすいのではないかと考えた。
授業の資料を建前に色々な長野県の料理を食べることが出来て個人的には大満足だった。 | 2023-02-01 |
69 | | 終わりに | 西塩田時報を読み進めていく中で、自分のテーマと関係のない面白い記事がいくつかあり、探求に時間がかかってしまった。
戦前の記事からは、まず「食」に関する記事を探すことが難しく、記事があっても、材料の栽培方法や保存方法について書かれていることが多いという印象を受けた。
戦後の記事からは、たくさんの「食」に関する記事を見つけることができ「家庭メモ」や「季節の料理」のような記事が多い印象を受けた。その中には現代でも食べられているメニューやレシピがあったが、食材の違いや、栄養素の偏りといった面で、現在とは大きく異なっていた。
戦前と戦後の記事から、戦前は材料の栽培保存、戦後はレシピや栄養素について書かれていることが多いと感じた。
このことから戦後は戦前に比べ、他国の食文化が普及したり、 | 2023-02-01 |
70 | | 戦時版の新聞③「プロパガンダ映画」とまとめ | 映画までもプロパガンダとして利用されていたことが分かる記事である。
イギリス領インドの青年を日本人(岡倉天心等)が助けるといった内容であると書かれている。
実際の人物までもプロパガンダ映画で使われていたことに驚いた。
岡倉天心の「東洋は一つ」という言葉を都合よく解釈し、戦争に利用したように感じる。
参考サイト
【戦後75年】戦時中の中部日本新聞をPDFで読んでみよう
2023年1月31日閲覧
▼この資料は以下から参照できます。
『中部日本戦時版』「 | 2023-01-31 |
71 | | 別所温泉の活性化 まとめ | 「別所温泉を活性化」をテーマで探求をした。
私が別所温泉に行って感じたことは「物足りない」と感じた。ただ温泉があり、ただ旅館がある。それぞれはいいものなのだが、温泉地として何か足りない感じがした。そこで、別所温泉のような小さな温泉地で何ができるのかを調べた。
1黒川温泉
黒川温泉は熊本の温泉で、かなり山奥にあるにもかかわらず人気の温泉だ。入浴手形で有名だ。入浴手形とは、温泉のマークが書いてある木の板で、それを買うと3か所の温泉に入ることができます。手形は、思い出としても残るのでいいのではないかと思う。
2四万温泉
四万温泉は群馬県の温泉で、ここも小規模で山奥の温泉だが、ヘルシーな料理で有名なタニタとのコラボで有名になった。旅館でタニタの料理を出すというシンプルなものだが、珍しさ | 2023-01-30 |
72 | | 前川ゼミレポート | 私の探求テーマは、「別所=上田を広める」だ。
私がこのテーマにした理由は、別所という地名は聞いたことがあっても、長野県上田市にあると知っている人は少ないのではないかと考えたからだ。また、別所の魅力を伝えることは、上田に来る観光客を増やすことに繋がると考えた。
別所へフィールドワークに行ったときに、年配の方が多いように感じた。そこで私は、今回のターゲットは若者にしようと考えた。若者に別所の魅力を伝えるときになにが一番有効で、興味を持ってもらえるかを考えた時に、私はカフェだと思った。別所には魅力的なカフェがある。それを、SNSを活用し、伝えていこうと思った。
SNSに投稿する画像を制作するときに私が気を付けたことは、二つある。一つ目は写真の撮り方だ。ケーキや飲み物がどう撮影したら魅力的 | 2023-01-30 |
73 | | いなごの佃煮 | 県内全域の郷土料理。南信地域の伊那谷には、古くから昆虫食文化が根付いており、いなご、蜂の子、かいこ、ざざむしなどを食べる習慣がある。戦時中や戦後の食糧難では、少ない動物性たんぱくをとるための栄養補給源として食べられていた。いなごを捕って袋や容器に入れて一晩おき、お湯に通して洗う。洗ったいなごは、甘露煮や佃煮にすることが多い。昔に比べいなごの数も減少しており、生活や食文化の変化により各家庭で調理されることは少なくなってきたものの、今もなお伊那谷では昆虫食文化が残っている。
[いなごの佃煮 長野県 | うちの郷土料理:農林水産省](https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/inagono_tsuku_dani_nagano.html)より引用 | 2023-01-28 |
74 | | 山賊焼き | 中信地域の郷土料理。鶏の一枚肉をタレに漬け込み、片栗粉をまぶして揚げた料理。タレのベースの味は、醤油、味噌、塩など、地域によって様々である。名前の由来は諸説あるが、山賊は物を“とりあげる”から、“鶏を揚げる”料理を「山賊焼」と呼ぶようになったそうだ。
[タレのベースの味は、醤油、味噌、塩等店舗によって様々](https://www.nisshin-oillio.com/report/kikou/vol35.html)より引用
紹介したのはほんの一部だが、寒さの厳しい気候を生かした郷土料理や野菜が多いと感じた。日本はたくさんの自然に恵まれ、四季がある。近年、日本の文化の継承が危惧されているが、「郷土料理」という地域の個性あふれる文化を大切にし、郷土料理を通して地元の良さを改めて考えるべきだ。 | 2023-01-28 |
75 | | ペグーの大臥像に見入る皇軍勇士(『ビルマ作戰 : 大東亜戰史』) | ビルマ(ミャンマー)に侵攻した日本軍が、ペグー(バゴー)の寝仏を見ている写真。
この写真が載っている本には、進軍している様子や戦っている様子、町の状況等の写真が多い。そのため、この写真のように戦いに関係のないものが載っていることに違和感を覚えた。
観光できるほど、英軍に圧勝であると伝えるためだろうか。それとも、ただ単純に近況報告をしているだけなのだろうか。様々な考察ができる。
▼この写真が掲載されている書籍は以下から参照できます。
国立国会図書館デジタルコレクション 『ビルマ作戰 : 大東亜戰史』,同盟通信社,1942年 | 2023-01-28 |
76 | | 上田町 | 上田町の明治時代前期の姿である。寺や神社が多いことが分かる。現在の上田町と比べても全く同じ名前の寺や神社が残っておりその中には江戸時代から姿を変えず残っているものもある。
https://www.ro-da.jp/shinshu-dcommons/museum_history/03MP0301080250 (信州デジタルコモンズ) | 2023-01-27 |
77 | | 上田紬のデザイン | 日本らしさが残るデザインになっているため、観光客の目にとまりやすいと感じた。また、近年では若者向けにデザインされるお土産が多い中、伝統的な要素が前面に出されている。
画像・資料参考元:みんなで作ろう信州上田デジタルマップ
投稿者名:あやか様 | 2023-01-26 |
78 | | 別所温泉の魅力を塩田平活性化に活かす | 別所温泉には落ち着くカフェ、きれいな景色など様々な魅力があります。
ただ道が狭く、坂も多いため、観光が大変という面もあります。
そこで超小型車の活用やガイドの方を募り、車で移動しながら、そしてガイドの方の説明を聞きながら、別所温泉を観光するというのも良いのではないでしょうか? | 2023-01-26 |
79 | | 市街地方面の神社・寺院と真田氏 | 上田城周辺には、神社・寺院が多数存在する。しかも、同じような場所に集まっている場合が多い。これは、地域のシンボルである上田城に深く関わってくる。1583(天正11)年、上田城を築城した真田昌幸は、城下町として海野町を作った。これは、先祖の地である海野郷(現在の東御市本海野)より、新たな本拠地近くに住民を移住させたことに由来する。それに伴い、海野郷近辺にあった寺院を城の近くに移した。例えば願行寺や日輪寺といった寺院がこれに該当し、真田氏の先祖である海野氏が開いたとされる場合が多い。特に願行寺は、江戸時代に上田藩の菩提寺になったほど、この地域や人々に深く根付いていたと考えられる。また海野町には、商売繁盛を利益とする高市神社がある。これは昌幸がつくったものだ。
このように、上田城を築城す | 2023-01-26 |
80 | | ”温泉”という身近なお風呂 | 住んでいる中で一番、観光する目的が明確にある場所といったら別所温泉であるといえる。
なぜ目的が明確にあるのか。
それは、上田市に住んでいる学生は実家を離れてアパートなどで一人暮らしをしている人が多い。
そのため、お湯を沸かしてくれるリモコンなどの設備が無いため、シャワーだけで済ます人がほとんどである。そのため、温泉という「湯船」に気軽に浸かれる場所というものはとても貴重である。さらに、今の時期(これを書いている日付は2023/01/27)は寒さが厳しく給湯器が凍ってしまいお湯が出にくいという人も大勢いるのではないだろうか?
そのため、風呂に行くという目的の下、温泉に観光に行けるのではないだろうか。
別所温泉付近だけでも約7箇所あるため、1週間ごとのシフトを組んでみて赴いてみるというのも面白いかも | 2023-01-26 |
81 | | 平成の食 | 味噌や醤油は、以前では村で共同の場を設けて作っていたが、それがほとんどなくなった。原材料の生産減少や、労働の変化によって、かかる時間自体が少なくなったことも、関係しているようだ。漬物については、野沢菜漬けやタクアン漬けなどは昔からつくり続けている家庭が比較的多いようだ。また、酢漬け、粕漬けなどは新たに作られるようになり、ラッキョウ漬けや福神漬けは作ることをやめる家庭が多い。しかし、若者を中心に漬物を食べる量が減り、今後にも変化が大きい食であるようだ。 | 2023-01-26 |
82 | | 平成の食 | 山菜や雑キノコは、傾向としては採らなくなった人が多いようだ。しかし、趣味的な面も伴って、わざわざ上田地域外に出向き、採っている人もいる。タンパク源としてのイナゴ、ドジョウ、タニシなどは数も減り、食べられなくなった。その背景には水田への農薬散布が関係しているとのこと。肉や主に海の魚は店で買えるようになったため、その種類が増えたり、以前よりも多く食べられるようになった。。 | 2023-01-26 |
83 | | 上田のelaboration 上田の「観光産業」を知ってほしい!! | キュレーションとは、インターネット上の情報を、特定の視点を持って収集、選別、編集することで新しい価値を持たせ、それを共有することを意味する語である。https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=99より引用
そこから私は上田のキュレーションとは上田の情報を我々の視点から収集、選別、編集することで価値を持たせ、上田の良さの再発見するということだと定義した。
私の上田のキュレーションは上田の「魅力」「良さ」の再発見であり、私は、それは「観光産業」にあると考えた。私が第一に上田で目を付けた観光産業は「十福の湯」だ。上田にお住まいの人ならば知っている人は知っている上田の名温泉だ。この温泉は信州最大級の大露天風呂を有しており、屋外独立の檜サウナもある。さらに自然豊かなため、温泉浴だけではなく、森林浴 | 2023-01-25 |
84 | | 安楽寺 | 信州最古の禅寺で、座禅体験ができる。境内にある木造八角三重塔は、木造の八角塔としては全国で一つしかない貴重な建築で、長野県では一番早く国宝に指定された。全体的に奇麗に整備されており、緑の木が多いためサルスベリの花のピンク色がとても映えていた。蓮池には、白い蓮の花が咲いていて奇麗だった。また、背が高く一枚一枚の葉が大きかった。
別所温泉旅館組合「別所温泉のオススメ観光情報[公式]」
https://www.bessho-onsen.com/ (最終閲覧2023/1/26) | 2023-01-25 |
85 | | 蚕業と気候 | 上田市は年間降水量が1000mm未満であり、日本一晴れの日が多い街である。この気候は蚕の飼育に適しており、上田市は日本でも屈指の蚕の産地になった。 | 2023-01-25 |
86 | | 上田の都市開発について(前川課題発見ゼミ) | 私は、上田の探検を通して、上田は細い道が多いことや、郊外に市街地が拡散していることが課題であると感じた。これらの問題の解決方法の一つとして、道路交通網の整備や区画の見直しといった大規模な都市開発が不可欠だと考えた。
そこで、近年急速に都市開発がなされ、区画が整理された佐久平と交えて、上田の行っていくべき都市開発の在り方について考えた。
佐久平はかつて田園風景の広がる盆地であったが、新幹線の開通により急速な発展を遂げたことは周知の事実である。一般的に、新幹線の開通に伴う佐久平の都市開発は、成功例の一つだといわれている。
だが、この急激な発展によって生まれた弊害もある。その弊害は、佐久市の岩村田地区に顕著に表れている。岩村田はかつて佐久市の中心市街地であった。しかし、新 | 2023-01-23 |
87 | | プロジェクト研究実践報告:持続的な地域活性化策~大洗モデル~1(ゼミ時発表資料) | プロジェクト研究として取り組んだことを、実践報告書としてまとめました。
こちらはゼミ内で発表した資料になりますが、文章量が多く読みにくい部分が多いと思います。
内容といたしましては、より分かり易くまとめなおした資料を作成いたしましたのでそちらをご覧ください。
ゼミ発表資料として残しておきます。 | 2023-01-22 |
88 | | 家庭欄「夏の料理」ほか | 夏の料理はつくってみたくなるレシピであるように思う。特に目を引いたのが短歌で、百姓がテーマのものが多いように感じた。
▼記事はこちらから
「西上田時報」(第16号1948年6月25日2項) | 2023-01-22 |
89 | | 前川ゼミ最終まとめ 上田の課題解決と魅力発信 | 前半のゼミ活動で行った町歩きを通して上田市について魅力と課題の両方を感じることができた。
まず私がゼミ活動やこれまでの日々で感じた上田市の魅力は以下のものがある。
①分野別で名所が多い
例旅行→別所温泉
歴史→上田城
ウィンタースポーツ→菅平
②美味しい食
③学生へのサポートが手厚い
例町キャン
④自然が豊か
一方で感じた課題は以下の通りだ
①別所線の利用者の少なさ
原因→本数少ない、運賃高い
私も悪天候、帰省時以外めったに使わない
②情報が伝わりにくい
店側、イベント主催側からの発信が少ない
③商店街の元気が無い
例海野町商店街で若者を見ることが少ない
ここで考えた課題の解決策がイベントの活性化である
例えば別所線をつかってスタンプラリーなどのイベントを行うことで利 | 2023-01-19 |
90 | | 1年後期 前川課題発見ゼミ最終まとめ | 調査テーマ「地域の特色・歴史」まとめ
上田の歴史的な出来事・人物と聞かれれば多くの人々が「真田氏」に関する事柄を思い浮かべるだろう。しかし、今回の調査を行う中で、真田氏以外にも日本の歴史・文化に多大な影響を与えたと言える人物も存在することを知った。
例えば、上田藩主を務めただけでなく、江戸幕府老中として条約の締結にも尽力した「松平忠固」、日本の児童画に大きな転換・影響を与えた「山本鼎」は良い例だろう。功績としては素晴らしい物であると断言できるものばかりだ。
特に山本の考えは当時としては(今の価値観で考えても)先進的な物だった。山本は真の意味での「自由」を求めた人物であり、今日の教育活動に一石を投じるものであると感じた。現代ですら「型にはまった教育」が基本的である中、山本は | 2023-01-19 |
91 | | 前川ゼミ活動考察 | 今まで上田市の外で生活をしたことがないので、客観的な視点ではないかもしれないが、自分なりに上田市について感じたこと、考えたことをまとめる。上田市というのは上田城の城下町であったり、北国街道が通っていたこともあり、歴史がある町である。気候も安定していて、自然も多い。スキー場やキャンプ場、温泉も多く、車があれば日帰りでスキーや温泉を楽しむことができる。新幹線も通っており、東京など首都圏へのアクセスも良い。そのせいか、近頃では海野町商店街などに若者向けのバーや、都会志向の洒落た店が増えてきた印象がある。加えて県外からの移住者向けかと思われる高級マンションも増えてきた。一時的ではあるが真田氏の本拠地が上田城ということもあり、NHK大河ドラマ「真田丸」の人気によって上田が賑わっていたこ | 2023-01-19 |
92 | | 前川ゼミ まとめ | 課題の提起 大学に進学するにあたり塩田平のアパートを借りた。半年ほど生活してみて上田市の中心地や海野町商店街と比べてあまり生活しやすいとは言えなかったため。
なぜそうなのか 田んぼやため池が多いため土地が確保できないので生活に必要な施設などの距離が遠い。
探求の目標 どのようにすればもっと住みやすい街にできるのかを見つける
「塩田平を住みやすい街に」
塩田平は上田駅周辺と比べて非常に住みにくく感じた。スーパーなども遠く24時間営業ではないし、スポーツ用品店などもアリオまだ行かないとない。それなのに電車の本数も少なくバスもないためどこに行くにしても車が必要となってくる。そのためまだ免許や車を持っていない人や免許を返納したお年寄りなどにとっては非常に生活しずらくなっていると思 | 2023-01-19 |
93 | | プロジェクト研究実践報告(菅平中の総合学習について) | 研究テーマ:菅平中の総合学習の支援について
1.その研究テーマを選んだ理由
私自身人と関わることが好きであり、子ども達と触れ合うことも好きなのでこのテーマが合っていると思っていたため。また今までにやっていない取り組みをしたかったという点も合致しているため。
2.課題提起(そこにある社会の課題)
学校での授業というと近年では新型コロナウイルスによってオンラインの授業も増えてきたが、まだまだ対面との授業と比べてしまうと満足度に欠ける点が多い。そしてマイサイトを使う点では人に自分の思っていることをしっかり伝えにくい点が挙げられる。
3.実践計画と実施内容
計画としては菅平まなびあい広場というサイトを使用し、週間報告をまとめてもらうという方向で計画し、実際にその計画通り実施した。また困 | 2023-01-16 |
94 | | 女の多い話(『西塩田時報』第7号(大正13年7月1日)4頁) | 【女の多い話】
小学校において、男児よりも女児の方が多いとする統計データについて、「飛鳥生」なる人物が私見を述べるという項目。一般に男性と女性の人口比は105:100と言われている。飛鳥は先述の統計を「面白い研究材料」と述べていたが、私も甚だそう思う。飛鳥はこれについて、女性の労働が少ないことが原因であると冗談交じりに述べていた。
【雑草】
「名のある人によって成し遂げられた事ばかりが尊い事ではない」という書き出しが目を引いた。功績をあげた人がどんなに名のある人かよりも、功績そのものがいかに素晴らしいかを評価すべきであるというのは、私の人生観に一致する。価値観というのは時代と共に変わっていくものと思っていたが、共にする場合もあるものだと感じた。 | 2022-12-28 |
95 | | 農業議員選挙(『西塩田時報』第82号、1954年) | 昔は農業議員選挙というものがあったことに驚きました。さらに今では選挙はCMやチラシなどで目にすることが多いですが、かつては時報でそれを伝えていたことにも驚きました。
▼この記事は以下から参照できます。
#1254 『西塩田公報』第82号(1954年7月5日)2頁
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p1254.jpg | 2022-12-26 |
96 | | 暦の話『西塩田時報』第92号(1931年7月1日)1頁) | 学者たちは、現在の暦はよく出来ているが不都合な点も多いため、もっと合理的で便利な暦を作ろうと長年研究していた。その結果、一年が13ヶ月からなる暦が作られ、それが国際会議に提案され採択されそうになっている。この機会に、暦の編み方、暦の歴史などについて書いてみるという内容の記事です。
まず1年が13ヶ月の暦が開発され採択されそうになっていた事実に驚きました。また、筆者は6ヶ月に渡り太陽や月、その他惑星について詳しく解説しており、この記事を読むだけで科学について学べそうだと感じました。
▼この記事は以下から参照できます。
#397『西塩田時報』第92号(1931年7月1日)1頁
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0397.jpg | 2022-12-25 |
97 | | 上田のelaboration | 上田の魅力の伝え方
J22030 工藤 天之
Elaboration課題の提起
上田の魅力は、はっきり言ってあまり伝わってこない、
それをどう色んな人に伝えるか。まず、上田の魅力とは、
なにか。
なぜそうなるのか
上田の様々な情報が地元の人で完結している。地元民し
か知らないようなことが多い?
何を探求するのか
上田の魅力について、上田には何があるか、人々は何を
魅力的に感じるか。
探求の目標
上田と言えばこれだ!といえるような魅力的なものの発
見、そしてそれをどう様々な人に伝えるか。
どのように探求するのか
上田についての検索、上田の街歩き、知人や家族へのイ
ンタビュー。
週間計画
上田検索→上田街歩き→上田の魅力に触れてみる。
今週、このテーマについて考えたのは、「上田の魅力」という言葉 | 2022-12-18 |
98 | | 出張が多い | 群馬や茨城など、遠方まで出張が多かったようです。社長自らも出かけたみたいです。 | 2022-12-17 |
99 | | 後期 前川課題発見ゼミ | 1年後期 前川課題発見ゼミ
地域の特色・歴史を広めるために
J22103 渡辺己太朗
elaboration課題の提起
上田地域探検や、長野大学での講義を通していく中で、自分が今まで知っていた「真田」についてはもちろん、上田自由大学や蚕種業など、興味を引き立てられる歴史・特色が多いことを知った。これらについて自分の中で更に知識を深めたり、広めたいと思い今回の課題発見テーマとした。
なぜそうなのか?
上田は歴史ある町であり、多くの歴史的な場所や伝統的な文化が残っている。しかし、「真田氏」の話題性が高いことや上田市がそれをシンボルのように扱っていることや、単純に認知度が不足していることでその他の場所や物について視点が向きにくいということが原因だと思った。
何を探求するのか
・上田の魅力を伝えていく方法
・地元 | 2022-12-15 |
100 | | 上田市の農業 | 上田市は自然が沢山あるという印象を持つ人が多いだろう。しかし自然は豊かだが農業は盛んではない。農家はいるが高齢者であったり農業はしていても商売につながっていなかったりすることが多い。また農地はあるが農業をしていないという人もいる。我が家もこのパターンに当てはまる。
農業放棄地が発生する問題はいくつかの原因があると考えられる。高齢化による農家の減少や農業では稼いでいくことが難しく廃業してしまうなどがあげられる。
上田市で実際に農地をどのように活用しているかを調べる。シャトー・メルシャン椀子ワイナリーや稲倉の棚田や農園として商売をしている農家などを調べてみる。
上田市でどのような農地活用が行われているのか。上田市でよく育てられている作物、またそれらをどうやって利益に結びつけて | 2022-12-15 |