学校水泳における変化
現在と以前の学校環境、特に水泳に変化があるかを調査する。
西塩田時報にある水泳についての記載で、海に囲まれた国である日本の国民として泳げないのは恥ずかしいとある。ストレートな言い方であるが、日本国民には水泳は必須であることを表現している。ここから水泳が生命に関する重要な運動であることは現在と同じ認識だと思う。
また当時の夏休みの水泳は午前と午後の部に分かれており、なるべく短い時間で寒いと感じたらすぐに泳ぐのをやめることが書かれている。水泳の時間を一時間を制限して管理するのではなく、自己管理を促しているのではないかと思う。自己管理の面では、他にも空腹時に水泳を行わないことや頭まで水につけること等の子供達自身が意識して行うことが記載されている。
以上の記事から、学校水泳は過去でも現在でも生命に関する必要な運動として考えられている。また現在とのルールの違いはほとんどないと感じた。しかし全体的に見ると、過去の学校水泳では子供達を細かく管理している印象はなく、自分自身で意識して注意しながら水泳を行うように促していると思った。
現在は子供達の管理を徹底しているが、自分自身で考えさせる力を養うことも必要であると感じた。
参考資料:西塩田時報 第八号(大正十三年八月一日/二ページ)
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投稿者 | asarin |
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