今は街の中心となっている大屋駅ですが、その開業には養蚕がかかわっていました。
当時養蚕が盛んだった諏訪地域から東京へ生糸・蚕種を運ぶ際、元来は田中駅を利用していました。しかし、諏訪から田中に向かう道は険しく、長和町というところから峠道がありました。ここで、長和から丸子に向かい、大屋で列車に乗せるルートが考案され、大屋駅ができたのです。
その後大屋駅周辺は栄え、特急列車も止まるようになりました。
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投稿者 | ジーマ |
管理番号 | 15 |
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カテゴリ名 | 2022信州上田学テキスト |
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