写真 タイトル 説明 登録日 1 【5月9日(月)~13日(金)】海野町レトロ写真館 昔の写真をスライドショーで上映する「海野町レトロ写真館」を開催します。
【日時】
5月9日(月)~5月13日(金)14:00~17:00
※お好きな時間に出入りできます。
【場所】
海野町会館1階
今回は、すや呉服店・海野町会館の方にご協力いただきました。
スライドショーで使用した写真は信州上田デジタルマップの「海野町レトロ写真館」に投稿してあるので、下記のリンクよりご覧ください。
また、昔の写真を自宅に所蔵している方がいらっしゃいましたら、信州上田デジタルマップへ投稿してみませんか?
興味のある方はチラシの連絡先にご連絡ください。
お待ちしております!
海野町レトロ写真館 2022-05-06 2 上田小県の感染症に関する情報源泉ピックアップ 『上田小県における感染症の歴史』 発刊記念研究発表会(2022/03/26)およびブックレット内容に関連する一次資料の一部を以下にピックアップします。
★ 私共の村(『塩尻時報』第14号1920/03/11)
★トラホーム予防に就て(『塩尻時報』第14号1920/03/11)
★第二章 近代上田のはじまり/第四節 新しい生活環境へ
一 病気と対策
二 予防・衛生の普及
三 病院と医師・保健所
(『上田市誌 第14巻 近現代編(1)「新しい社会を求めて」』66~72頁)2002年10月)
★加美畑神社の疱瘡社(『神畑村誌』163,260頁)
★川辺村の赤痢1914年(『神畑村誌』163 2022-04-03 3 『上田小県における感染症の歴史』発刊記念研究発表会2022/03/26 上田小県近現代史を考える集い
『上田小県における感染症の歴史』発刊記念研究発表会
2022/03/26(土)14:00~16:10 上田市立上田図書館大会議室
主催:上田小県近現代史研究会
協力:d-commonsプロジェクト(長野大学前川研究室プロジェクト)
後援:デジタルアーカイブ学会 地域アーカイブ部会
▼全編動画記録 (116分)
VIDEO
<発表会プログラム>
☆開会の挨拶 小平千文会長
☆基調報告「社会科学の課題としての感染症」 桂木惠
☆報告1「上田小県における『スペイン風邪』の実態と対応」 冨田隆順
☆報告2「ジェンダーの視点から見た感染症」 清水たか子
☆閉会の挨拶 村山隆
<発表ごとの記録(別ページにリンク)>
★ 開会の挨拶 小 2022-04-02 4 第28号『上田小県における感染症の歴史』 上田小県近現代史研究会ブックレット第28号『上田小県における感染症の歴史』
【編著・発行】上田小県近現代史研究会
【発行】2021年12月10日
【定価】600円(税別)上田市内の書店でお買い求めください。
パンデミック(世界的大流行)はこれまでも幾度となく立ち現れ、先人たちもその度に脅かされてきました。多くの命が奪われ、社会活動に支障をきたしました。しかし、その都度全力で立ち向かい、できる限りの対策を講じて乗りこえようとしてきました。なす術もないと思われた時でさえ絶望せず、しばしば神仏に疫病退散を祈り続けました。(略)
もう一度各章にわたり取り上げたテーマについて、明らかにできた教訓や課題、厳しい条件の中でも命や暮らし、さらには文化を守るための人々の努力があったことを確認してみましょう。( 2022-03-13 5 当研究会発行のブックレット バックナンバー 号によっては品切れがあります。上田市内の書店でお買い求めください。または上田小県近現代史研究会事務局へお申込みください(下記に住所記載)。
号数 ブックレットタイトル 著者 発行年月
1 『 深町広子と上田自由大学 』上原民恵[著] 1995.03,2000[改訂]【品切れ】
2 『上田小県地方に空襲があった 』新津新生[著] 1996.07,2005[改訂]【品切れ】
2 『上田小県地方に空襲があった 増補改訂版 』新津新生[著] 2005.07【品切れ】
3 『信州の鎌倉 別所温泉―歴史と文化― 』上田小県近現代史研究会[編] 1997.10,1998[改訂]【品切れ】
4 『金 2022-03-06 6 まとめ 松平忠固を調べる中で関良基さんの著書『日本を開国させた男、松平忠固』の比重が大きくなってしまったが、本書を読んで、慈悲深い領地運営や開国と交易の主張を貫いた姿勢から忠固の人となりが見えてきた。また、井伊直弼や徳川斉昭、開国、不平等条約改正などさまざまなものの見方が変わったことは収穫だったと思う。歴史から抹消されていた史実が掘り返されると通説が覆されることがあるので、本当の歴史を知っておくためにもそういった情報を仕入れていきたい。
参考資料等
・関良基著『日本を開国させた男、松平忠固: 近代日本の礎を築いた老中』(1,2番目の記事の写真の出典)
https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2F%25E6%2597%25A5%25E6%259C%25AC%25E3%2582%2592%25E9%2596%258B%25E5%259B%25BD%25E3%2581%2595%25E3%2581%259B%25E3%2581%259F%25E7%2594%25B7%25E3%25 2022-02-14 7 「私の地域探求」一覧(情報通信文化論2021成果物) ★ :マイテーマ ◆ :探求者のマイサイトにリンク 【1】~【7】の地域は上田
【1】上田の歴史
★ 1「上田藩第6代藩主 松平忠固」 (探求者:yo-to )
★ 2「上田の歴史(貿易、蚕糸業、金融)」 (探求者:じょうじ )
◆ 3「明治の上田での生活」 (探求者:T )
★ 4「戦時中の暮らしについて」 (探求者:みるくた 2022-02-13 8 上田映劇の内装(2) 上田映劇に見学させて頂いた際、昔使用していた使用人室やプロジェクターを特別に案内させて頂いた。
画像にある映写機は、フィルム映画を上映するときに用いるものである。現在も実際にこの映写機を用いてフィルム映画の上映を現在でも行っているとのことだった。
二階にある使用人室は、上田映劇が映画の上演で賑わっていた際に、寝泊まりするために用いられていた。また、映画「晴天の霹靂」「浅草キッド」で上田映劇が舞台として使用された際も用いられた。ネット上の記事を確認したところ、舞台で用いられたセットが記念として残されているとのことだったが、見学させて頂いた際にはセットの劣化に伴い昨年撤去されたとのことだった。ロビーなどに比べ、一般の方が入られることが少なく改装されていないのか、1917年に建築さ 2022-02-13 9 まとめ 食生活に関する記事を探すことを主眼に置いて西塩田時報を最後まで読んでみたが、探していたジャンル以外の記事であっても、少し目を通してみると案外面白く感じる言い回しなどが見つかり、意外と楽しく読めた。
また、通して読んだことによる発見として、戦前の記事では栽培法や家畜の育て方についてのものが多く、レシピは漬物などシンプルなものばかりであったが、戦後の記事ではそれらに加えて多少凝ったレシピについての記事もみられるようになった。
それまでは日持ちさせるための工夫であったレシピが、時代とともにさらに幅広い食事を楽しむためのものに変化していったことの表れだろうか。
掲載されている中には現在でも食べられているようなレシピもあったが、当時の人々がみな、時報に掲載されているような十分な食事 2022-02-09 10 あたたかい冬の料理の作り方(『西塩田時報[戦後]』第33号(1949年12月20日)4頁) シチュー、カレー、うどん。これら3つはどれも、現在でも親しまれている、冬にぴったりな料理である。しかしレシピの内容を見てみると、シチューでは鮭のかわり、カレーでは肉のかわりにイナゴやサナギを使うという。
一方の南瓜うどんの項には「暖かい変った野菜ウドンができて面白い」とあるが、魚や肉の代わりとしてイナゴやサナギを用いていたことの方が、文化として余程興味深いと感じた。
▼資料出典元
#1074 『西塩田時報[戦後]』第33号(1949年12月20日)4頁 2022-02-09 11 食生活(『西塩田青年団報』第4号(1946年11月25日)2頁) 見出しに惹かれ読むと、想像より重い内容であった。私の本来のテーマからは少しばかり脱線しているかもしれないが、紹介させていただく。
敗戦にからめ、「武士は食わねど高楊枝」「腹が減っては戦ができぬ」といういわば真逆ともいえる二つのことわざに言及し、食の大切さを語る。
人間らしさとは何かを問うこの文章からは何とも言えない悲壮感が伝わってくる。敗戦後1年3ヶ月ほど経過した段階では、相変わらぬ絶望感がまだ日本中に漂っていたのだろう。
▼資料出典元
#964 『西塩田青年団報』第4号(1946年11月25日)2頁 2022-02-09 12 ごはんのようい(『西塩田時報』第178号(1938年9月10日)2頁) 第169号(1937年12月25日)の辺りから急に戦争ムードに突入し、「戦線」「陸軍」「兵隊さん」などととてもレシピどころではない言葉が並んでいた『西塩田時報』であったが、その中に一つほっこりする記事を一つ見つけた。
「尋二西」とあること、この記事が小学校便りであることから、おそらく書き手は10歳以下であろう。そんな子供が、母の頼みを聞いて、妹と思われる「やい子」と一緒にご飯を炊き、茹でたとうもろこしを妹と二人で食べるという内容である。
発行された当時にも、この記事を読んで心が癒された人は多かっただろう。
▼資料出典元
#792 『西塩田時報』第178号(1938年9月10日)2頁 2022-02-09 13 澤庵漬(『西塩田時報』第96号(1931年11月1日)4頁) 『西塩田時報』第1号が1923年7月1日に発行されてから8年4ヶ月、記念すべき初掲載レシピは、たくあんであった。
漬け込みの方法、その際の注意点、美味しい大根の選び方などが記載されている。
7ヶ月以上の保存を想定した「から漬け」では、塩を一度に三升(約5.67kg)も使ったという。さぞ塩からくて保存のきくたくあんだったことだろう。
▼資料出典元
#420 『西塩田時報』第96号(1931年11月1日)4頁 2022-02-09 14 はじめに 授業で西塩田時報を斜め読みした際に、「ビタミンの話」という記事に目がとまり、当時の人々の健康状態と関連付けて記事を一つ書いた。
せっかくならばさらにしっかり読み、かつての上田の食生活のことを知りたいと思った。
西塩田時報に改めて目を通し、「西塩田時報に見る食生活」というテーマで、特に工夫を感じたものや時代の流れを感じたものなどを数記事紹介する。
▼資料出典元
#1 『西塩田時報』第1号(1923年7月1日)1頁 2022-02-09 15 上田紬について④ 上田紬の現在
上田紬はまだまだ認知度が低い。しかし現代で上田紬が親しまれるように、以下のようなものが行われている。
○上田紬イベントのインスタhttps://instagram.com/kimono_ev?utm_medium=copy_link
〇サントミューゼ
好きな色の糸を使いオリジナルコースターがつくれる上田紬の手織り体験ワークショップhttps://www.santomyuze.com/museumevent/morris_uedatsumugi/
〇小岩井紬工房
キモノマルシェや着物塾など、年間を通して様々な世代の人と関われるイベントを開催している。このキモノマルシェでは長野大学や信州大学の繊維学部など多くの大学生も参加した。
http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ibent.html
https://ueda-navi.jp/archives/614
〇上田紬×街歩きイベント実行委員
大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で街歩きをするイベントを開催してい 2022-02-09 16 夏風邪には気をつけましょう 『夏の衛生』(『西塩田村公報』第10号(1943年8月25日)2頁) 今の時代も熱中症など真夏日にはよくニュースになるがこの時代はもっと初期的な予防であったり注意が書かれている。お腹を痛めたり、冷やしすぎに気を付ける呼びかけである。今の時代にこんな記事がでたら笑ってしまいそうである。
どの時期も風邪や病気で体調を壊さないように…
資料出典元:
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0946.jpg 2022-02-09 17 プロジェクト研究発表①~⑬と各アウトカム(前川ゼミ2021) 長野大学前川ゼミ(企業情報学部科目「プロジェクト研究」)
オンライン発表会 2022/01/31ゼミ時間帯に実施
発表①~⑬+講評
▼2・3年生
★ プロ研6「海野町レトロ写真館」 (発表者:足立光紅 )
★ プロ研7「西部地域の地域づくりに向けた支援」 (発表者:飯髙綾 )
★ プロ研8「大洗型地域振興事業推進仮想モデルの作成」 (発表者:高山大和 )
★ プロ研9「山本鼎の部屋資料のデジタ 2022-02-09 18 戦国時代の上田城 戦国時代、天才的な軍略家として称された真田昌幸が、上杉家に対抗するため徳川家康を説得し、上田城を築城した。上田城の築城構想は、実に巧みなものとなっている。
千曲川の北岸一帯は、神川や矢出沢川が作った谷間にある、勾配の大きな扇状地となっており、千曲川の河岸段丘となっている。そのため、大外堀の役割を果たしているため、簡単には攻め込まれない。城の南端でも、千曲川の分流が高低差の大きな岸をつくっていることや、対岸や東側も難攻不落の地となっている。
この時代から土地を生かした築城がされていたとは驚きで、上田の土地柄ならではのことであると感じた。
参考文献・資料
・ 信州街あるき 上田城址を訪ねる
・上田城跡 2022-02-04 19 プロ研⑬竹中丈二「上田・小諸のデジタル・アーカイブ化について」(前川ゼミ2021) VIDEO 10分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):竹中丈二(長野大学企業情報学部2年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 20 プロ研⑫工藤美有紀「地域学習の授業をデザインする」(前川ゼミ2021) VIDEO 8分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):工藤美有紀(長野大学企業情報学部2年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 21 プロ研⑪鈴木梓「立科町の魅力を発信できる仕組みづくり」(前川ゼミ2021) 長野町立科町の魅力を地域の人が外部に発信できるような仕掛けづくり
VIDEO 10分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):鈴木梓(長野大学企業情報学部3年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部) 2022-02-08 22 プロ研⑩林亮太「YouTubeを用いた情報発信」(前川ゼミ2021) VIDEO 21分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):林亮太(長野大学企業情報学部3年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 23 プロ研⑨中澤愛華「山本鼎の部屋資料のデジタル化」(前川ゼミ2021) VIDEO 9分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):中澤愛華(長野大学企業情報学部3年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 24 プロ研⑧高山大和「大洗型地域振興事業推進仮想モデルの作成」(前川ゼミ2021) 発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):高山大和(長野大学企業情報学部3年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 25 プロ研⑦飯髙綾「西部地域の地域づくりに向けた支援」(前川ゼミ2021) VIDEO 13分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
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発表者(学生):飯髙綾(長野大学企業情報学部3年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 26 プロ研⑥足立光紅「海野町レトロ写真館」(前川ゼミ2021) VIDEO 7分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
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発表者(学生):足立光紅(長野大学企業情報学部3年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 27 プロ研⑤大津拓人「長沼地域におけるりんご農家の災害復興」(前川ゼミ2021) VIDEO 8分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
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発表者(学生):大津拓人(長野大学企業情報学部4年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 28 プロ研④和田彗「長野地域資料」(前川ゼミ2021) VIDEO 9分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
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発表者(学生):和田彗さとし (長野大学企業情報学部4年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 29 プロ研③白井裕介「地域住民が地域に興味関心を持てる仕掛けづくり」(前川ゼミ2021) VIDEO 8分
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発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):白井裕介(長野大学企業情報学部前川ゼミ4年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 30 プロ研②井本美夕也「成果と振り返り報告」(前川ゼミ2021) VIDEO 30分
▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。
発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):井本美夕也(長野大学企業情報学部前川ゼミ4年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 31 プロ研①小林香平「信州上田デジタルマップ 課題探求」(前川ゼミ2021) VIDEO 17分
▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。
発表:2022/01/31 オンライン発表
発表者のマイサイト(プロジェクト研究のアウトカム)
発表者(学生):小林香平(長野大学企業情報学部前川ゼミ4年)
(ゼミ担当:前川道博@長野大学企業情報学部)2022-02-08 32 上田紬の現在 上田紬の現在
上田紬はまだまだ認知度が低い。しかし現代で上田紬が親しまれるように、以下のようなものが行われている。
○現代の上田紬イベントのインスタhttps://instagram.com/kimono_ev?utm_medium=copy_link
上田紬の魅力をもっと知ってもらうために
サントミューゼ
好きな色の糸を使いオリジナルコースターがつくれる上田紬の手織り体験ワークショップhttps://www.santomyuze.com/museumevent/morris_uedatsumugi/
小岩井紬工房
キモノマルシェや着物塾など、年間を通して様々な世代の人と関われるイベントを開催している。このキモノマルシェでは長野大学や信州大学の繊維学部など多くの大学生も参加した。
http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ibent.html
https://ueda-navi.jp/archives/614
上田紬×街歩きイベント実行委員
大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で 2022-02-08 33 上田紬の現在 上田紬はまだまだ認知度が低い。しかし現代で上田紬が親しまれるように、以下のようなものが行われている。
○現代の上田紬イベントのインスタhttps://instagram.com/kimono_ev?utm_medium=copy_link
上田紬の魅力をもっと知ってもらうために
サントミューゼ
好きな色の糸を使いオリジナルコースターがつくれる上田紬の手織り体験ワークショップhttps://www.santomyuze.com/museumevent/morris_uedatsumugi/
小岩井紬工房
キモノマルシェや着物塾など、年間を通して様々な世代の人と関われるイベントを開催している。このキモノマルシェでは長野大学や信州大学の繊維学部など多くの大学生も参加した。
http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ibent.html
https://ueda-navi.jp/archives/614
上田紬×街歩きイベント実行委員
大学生が実行委員となり、上田紬を着て柳町や上田城跡公園で街歩きをする 2022-02-08 34 上田紬 蚕の絹糸は上田紬となって商品化されている。
上塩尻にある小岩井紬工房では実際に上田紬で商品を作り、売り出している。例えば、名刺入れ、ピアス、ネクタイなど、様々な商品がある。どの商品もキレイでデザインにも優れているものが多いので買いたくなる人もたくさんいるのではないでしょうか。小岩井紬工房に行く道のりには蚕を育てていた特徴のある越屋根の民家が多くあるのでそこも注目です。
「参考文献」
http://www13.ueda.ne.jp/~koiwai-tsumugi/ 2022-02-08 35 越屋根 越屋根という二階建ての建物があり、これは蚕を育てていたいという特色である。越屋根は換気や光を取り込むために作られた。蚕糸業が盛んだった上塩尻、下塩尻、秋和にはこの越屋根の建物が、多く残っている。その地域が蚕を育てていたという特徴が見て分かるので見つけてみると面白いかもしれない。
「参考文献」https://d-commons.net/uedagaku/detail.php?c=17&p=4661
https://ueda-navi.jp/hokkoku-kaido/spot/public/992 2022-02-08 36 学生による地域キュレーション2021:全部①~⑱ ▼地域キュレーション発表会記録
★ テーマ①「上田と観光」 (発表者:り )
★ テーマ②「上田市と松川村の手当・補助の比較」 (発表者:飯沢 )
★ テーマ③「塩田平をめぐる」 (発表者:オガサカ )
★ テーマ④「上田の歴史にふれる」 (発表者:崔 )
★ テーマ⑤「山道を 2022-02-08 37 地域キュレーション⑱「電線の無電柱化」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「電線の無電柱化」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):なおぴー(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 38 地域キュレーション⑰「上田城と城下町の魅力」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田城と城下町の魅力」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):ハヤト(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 39 地域キュレーション⑯「上田で繋がりを探す!」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田で繋がりを探す!」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):ヒロカワ(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 40 地域キュレーション⑮「上田野鳥スポット巡り」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田野鳥スポット巡り」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):どーもん(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 41 地域キュレーション⑭「上田市の自然環境」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田市の自然環境」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):てん(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 42 地域キュレーション⑬「別所温泉探検」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「別所温泉探検」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):ma1u(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 43 地域キュレーション⑫「上田市の主な工業」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田市の主な工業」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):To go(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 44 地域キュレーション⑪「紬で紡ぐ上田の魅力」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「紬で紡ぐ上田の魅力」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):あやか(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 45 地域キュレーション⑩「上田城の歴史」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田城の歴史」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):あやか(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 46 地域キュレーション⑨「上田の地域資源で「遊ぶ」!!!!」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田の地域資源で「遊ぶ」!!!!」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):長田悠馬(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 47 地域キュレーション⑧「農民美術」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「農民美術」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):たかはし(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 48 地域キュレーション⑦「上田の魅力を探る」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田の魅力を探る」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):烏龍茶(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 49 地域キュレーション⑥「別所温泉駅から上田の現状を見る」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「別所温泉駅から上田の現状を見る」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):そーし(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 50 地域キュレーション⑤「山道を行こう」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「山道を行こう」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):だいご(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 51 地域キュレーション④「上田の歴史にふれる」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田の歴史にふれる」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):崔(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 52 地域キュレーション③「塩田平をめぐる」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「塩田平をめぐる」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):オガサカ(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 53 地域キュレーション②「上田市と松川村の手当・補助の比較」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田市と松川村の手当・補助の比較」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):飯沢(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 54 地域キュレーション①「上田と観光」(信州上田学A2021) VIDEO ▲クリック/タップして発表動画をご覧ください。地域キュレーション「上田と観光」 (マイテーマ公開ページにリンク) 発表者(学生):り(発表者のマイサイトにリンク) 長野大学/信州上田学A2021発表会(2022/02/02オンライン実施) (科目担当:前川道博@長野大学)2022-02-08 55 まとめ 今回上田別所線の歴史を、様々な資料を元に振り返った。
昔別所線の路線は上田の至る所に張り巡らされていた。
しかし、バス交通の発達や、災害によって何度も廃止になりそうになったが、そのたびに市民の存続運動のおかげで現在の別所線が生き残ってきたことが分かる。
今回別所線を掘り下げ、地域の市民の力によって、重要な文化を後世に残すことができると学びました。
参考資料
さようなら別所線
夢と暮らしを乗せて走る別所線
別所線の電車に乗って
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/besshosen/list9-48.html 2022-02-07 56 上田市「別所線応援プロジェクト」 令和元年台風19号に伴う千曲川欠損により、令和元年10月13日早朝に上田電鉄別所線千曲川橋梁が崩落した。そこでこのプロジェクトを始めると、上田電鉄別所線に対し上田市内外から数多くの鉄道ファンの方々から寄付が集まったそう。
[参考文献・写真]
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/besshosen/14543.html 2022-02-06 57 1路線だけ生き残った鉄路 長野県上田盆地には始め五つの路線が張り巡らされていた。車社会の進展にともない昭和40年代までに次々と廃止となったが、唯一残ったのが別所線であったという。
しかし、昭和48年、輸送人員の減少を理由に上田交通が廃線を表明した時があった。沿線住民による存続運動が起こり、翌49年、国と県による鉄道軌道欠損補助の公的支援とともに、上田市が3年間の補助金を交付することで、別所線存続が決まった。3年後の昭和52年にも、沿線住民により存続運動が行われたが、この時点では上田交通の営業努力で赤字幅が減少していたため、廃線を免れている。
[参考文献]
https://www.mintetsu.or.jp/association/mintetsu/pdf/63_p26_27.pdf
[写真]
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/besshosen/5563.html 2022-02-06 58 ワカモノLABO@上田―長大サミット2021発表団体/登壇者紹介④ ▼発表動画
https://youtu.be/VR3TfoZnqbs?t=1013
若者、女性、この地に魅力を感じて移住した人たちが自由な発想で色々なことに挑戦できる場づくりを目標に活動する団体。地域と協力しながら地域貢献を進めている。
2022-02-04 59 NIC―長大サミット2021発表団体/登壇者紹介② ▼発表動画
https://youtu.be/VR3TfoZnqbs?t=455
長野大学の国際活動を行う団体。外国人を招待してイベントを開催するなど日本と外国のつながりを大切に活動する。
2022-02-04 60 まとめ 今回の探求で、初めて別所温泉を訪れました。
温泉の歴史や効能を調べていくなかで、この温泉が地元の人々に愛される理由がよくわかりました。
実際に地域に出て情報を集めることの楽しさなどにも気づけて、とてもいい機会だったと思います。
グループワークを行ったことで、短期間で多くの情報を得ることができ、内容が充実しました。
金田さんのサイト
(https://d-commons.net/uedagaku/Amika0113?t=116)
参考文献
別所温泉財産区公式サイト
(https://www.besshoonsen-zaisanku.com/)
別所温泉センター温泉歴史資料展示室 2022-02-03 61 まとめ 戦後の生活を見る事例の一つとして今回調査を行ったが、歴史の教科書には載っていないような、終戦後立ち直っていく住民の姿がありありとみることができた。
具体的には、GHQが取り組んだ民主化が地方にも広がっていたことや、政治参加への意欲が現代よりかなり高かったことがわかり、良い学びになったと思う。
[参考資料]
『西塩田時報』Vol.2(戦後編1946~1956)ページごとの画像(https://d-commons.net/uedagaku/detail.php?id=3622) みんなでつくる信州上田デジタルマップ 信州上田学アーカイブ 2022-02-02 62 独鈷山 信州百名山に選ばれた山です。標高1266mと比較的低く、整備もされているため、登山をしたことがないという方にもおすすめできます。ただ、ルートによっては急な坂があるそうです。
また、近くにひまわり畑もあり、9月の上旬~中旬が見頃だそうです。
参考:長野県公式観光サイト「長野県おすすめ低山10選」https://www.go-nagano.net/theme/id=19410#anchor02(2022/02/02)
上田市「独鈷山麓ひまわり畑
」https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/msangyo/2040.html(2022/02/02) 2022-02-02 63 まとめ 今回、別所温泉について調べていく中で様々な学びがありました。
その中でも温泉の歴史はとても興味深かったです。
インターネットを活用し調べまとめる力、実際に別所に行き現地を調査する力、資料を読み解く力が身につきました。
また実際に見に行く中で分からなかったものについて電話などをして調べる事で実践力も身についたように感じます。
歴史や地域の方々にどのように親しまれているのかについての調査を通して別所温泉の良さを確認することができました。
これから周りの人にも教えていきたいです。
今回はグループで取り組みました。
続きの記事は以下のリンクです。
http://www.d-commons.net/uedagaku/cpswn17?t=84
参考資料
https://www.besshoonsen-zaisanku.com/
別所温泉センター温泉歴史資料展示室 2022-02-01 64 ため池と防災 地震によって堤体に亀裂が入ったり、大雨によって水位が上昇したりして、決壊の危険性が高まることがある。これに対して、上田市はハザードマップを出している。 ため池ハザードマップ|上田市ホームページ また、ため池は減災にも役に立っている。保水能力が高く、洪水を防いだり、土石流をせき止めたりすることもある。
実際に大雨被害では平成16年の台風23号によって淡路島だけで1013箇所のため池が被災し、内178か所が決壊してしまった。地震では平成23年の東日本大震災では、3700か所のため池が被災し、被害額約400億円の被害を出した。
参考
ため池の災害事例から見た減災機能と維持管理|茨城大学農学部毛利栄征
2022-01-30 65 じまんやきの歴史と比較 引用 「あんこ」と「カスタードクリーム」どちらがお好き?「じまんやき」の「富士アイス」 ~上田市海野町商店街6~
https://blog.nagano-ken.jp/wp/josho/wp-content/uploads/2015/09/20fuji2.jpg
じまんやきは上田市のソウルフードの1つになっている。
じまんやきは海野町商店街の一角の富士アイスで売られている。じまんやきを作っている富士アイスの本店は山梨県甲府市に本店を置いている。富士アイス上田店は昭和10年に開業し、長野県で一番古参の店になっている。富士アイスは創業当初は富士屋という店名だった。富士アイスの富士は日本一の山を自慢している富士山に由来する。
次にじまんやきについて解説します。じまんやきは「自慢の味。自慢したくなる味。」から由来しています。
じまんやきは1個80円とリーズナブルな価格であり、太鼓上に 2022-01-27 66 上田紬について① 〇紬とは
紬とは、紬糸を平織りにした絹織物で作られた着物のこと。 絹特有の光沢を持つ生糸とは違い、紬糸で織られた生地は落ち着いた光沢と凹凸のある表面で独特の風合いがある。 丈夫で軽く、普段着やちょっとしたおしゃれ着におすすめな着物で、最初はかっちりとした着心地ですが、着慣れるほどに柔らかく馴染んできます。簡単に言うと、糸を先に染めたあとに布を織る絹織物でかつ、カジュアル
用のきもののことです。
〇上田紬の魅力
目の細かい糸使いでしっかりと織り込まれていて丈夫で強い。縞・格子柄が多く、 シンプルで飽きのこないデザインで江戸時代から織り継がれている。また、大島紬や結城紬と並ぶ日本の三大紬として知られ、紬の中でも軽くて丈夫なことから全国で広く愛用されてきた。
〇上田紬の歴史
今から 2022-01-27 67 上田電鉄株式会社の沿革 ・大正5年9月17日 丸子鉄道株式会社 設立
・大正9年1月5日 上田温泉軌道株式会社 設立
・昭和14年8月30日 商号変更 上田電鉄株式会社
・昭和18年10月21日 丸子鉄道株式会社と上田電鉄株式会社合併(商号 上田丸子電鉄株式会社)
・昭和44年5月31日 上田丸子電鉄株式会社を上田交通株式会社に商号変更
・昭和47年6年30日 城下駅を無人化
・昭和47年7月7日 中塩田駅を無人化
・昭和61年9月30日 上田原駅無人化
・平成17年10月3日 上田交通株式会社より分社 上田電鉄株式会社 設立
このように、上田電鉄株式会社は路線の縮小などにより会社規模を小さくしたり、子会社を合併したりと時代によって進化してきた。現在は東急グループの傘下に入っている。
[参考文献・写真]
上田電鉄株式会社ホームページ
https://www.uedadentetsu.com/ 2022-01-27 68 上田地域の地形概要 上田地域の地形は、太郎山や小牧山に囲まれたほぼ三角形の盆地地形となっており、「上田盆地」とも言われている。上田盆地の標高は約400~500メートルである。
市内には、千曲川が流れているが、地殻変動によって湖水が干上がり、千曲川が流れるようになった。
市の中心市街地は、千曲川沿いの低平地に立地している。その低平地のなかでも、千曲川沿いに千曲川河床から比べて、数m~数十m程度の急な崖も存在しており、その崖の上に上田城跡、市役所、学校などが立地している。低平地と言えど、少し離れただけで急な崖となっている、上田地域の特徴的な地形であると言える。
参考文献
・ 上田地域千曲川自然電子図鑑 上田地域の地形・地質
・2022-01-26 69 別所線の今と昔の比較(1) この写真は1927年に開通された北東線上田の公園前駅を写したものです。現在は、上田城跡公園のけやき並木となっています。
[参考文献・写真]
上田市ホームページhttps://www.city.ueda.nagano.jp/site/besshosen/5563.html 2022-01-27 70 上田紬とは 紬とは、紬糸を平織りにした絹織物で作られた着物のことである。
上田紬は大島紬・結城紬と並ぶ日本の三大紬として知られている。
絹特有の光沢を持つ生糸とは違い、紬糸で織られた生地は落ち着いた光沢と凹凸のある表面が独特の風合いを醸し出している。
作り手の減少により希少価値が高まっているが丈夫で軽く、値段に関係なく基本的には街着の扱いとされている。そのため、普段着やちょっとしたおしゃれ着におすすめな着物。
参考文献
https://docs.google.com/document/d/1xn4eb17SZiy6jdQkwIaHX_4cSMqIi7j1lhCLMud9r7s/edit
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/kankojoho/5580.html
https://ichiri-mall.jp/shop/c/cAB/#:~:text=%E7%B4%AC%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B4%AC%E7%B3%B8%E3%82%92,%E3%81%AB%E6%9F%94%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%8F%E9%A6%B4%E6%9F%93%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
https://www.city.ueda.nagano.jp/s 2022-01-26 71 上田紬とは 紬とは、紬糸を平織りにした絹織物で作られた着物のことである。
上田紬は大島紬・結城紬と並ぶ日本の三大紬として知られている。
絹特有の光沢を持つ生糸とは違い、紬糸で織られた生地は落ち着いた光沢と凹凸のある表面が独特の風合いを醸し出している。
作り手の減少により希少価値が高まっているが丈夫で軽く、値段に関係なく基本的には街着の扱いとされている。そのため、普段着やちょっとしたおしゃれ着におすすめな着物。
参考文献
https://docs.google.com/document/d/1xn4eb17SZiy6jdQkwIaHX_4cSMqIi7j1lhCLMud9r7s/edit
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/kankojoho/5580.html
https://ichiri-mall.jp/shop/c/cAB/#:~:text=%E7%B4%AC%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B4%AC%E7%B3%B8%E3%82%92,%E3%81%AB%E6%9F%94%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%8F%E9%A6%B4%E6%9F%93%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
https://www.city.ueda.nagano.jp/s 2022-01-26 72 上田紬とは 紬とは、紬糸を平織りにした絹織物で作られた着物のことである。
上田紬は大島紬・結城紬と並ぶ日本の三大紬として知られている。
絹特有の光沢を持つ生糸とは違い、紬糸で織られた生地は落ち着いた光沢と凹凸のある表面が独特の風合いを醸し出している。
作り手の減少により希少価値が高まっているが丈夫で軽く、値段に関係なく基本的には街着の扱いとされている。そのため、普段着やちょっとしたおしゃれ着におすすめな着物。
参考文献
https://docs.google.com/document/d/1xn4eb17SZiy6jdQkwIaHX_4cSMqIi7j1lhCLMud9r7s/edit
https://www.city.ueda.nagano.jp/site/kankojoho/5580.html
https://ichiri-mall.jp/shop/c/cAB/#:~:text=%E7%B4%AC%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B4%AC%E7%B3%B8%E3%82%92,%E3%81%AB%E6%9F%94%E3%82%89%E3%81%8B%E3%81%8F%E9%A6%B4%E6%9F%93%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
https://www.city.ueda.nagano.jp 2022-01-26 73 上田映劇の歴史 昭和まで 1917年に末広座跡に上田劇場が開館した。
当時は芝居、落語、講談、浪曲、歌謡などが催された。
上田劇場の前身となるのは末広座だが、末広座の開館日は不明である。
しかし、1912年の上田町地図に末広座、中村座が載っているとのことから
1912年以前に開館されていたと思われる。
1922年に発行された「上田市街明細図」に上田劇場、上田電機館、中村座が載っている。
1919年に「上田演芸館」というのも開館されたとされているが
詳しい場所の情報が無いため、上田市街明細図から探し出すことが困難だった。
昭和初期(1926~1932?)頃に上映するものを映画中心とし、
上田映画劇場と名称を変更。
1960年代後半 映画の人気がピークに至る。
1964年 桟敷(さじき)席から現在の椅子席(270席)に改築された。
映画館の話題から少 2022-01-26 74 つけば漁で獲れる魚 「つけば漁」では、季節によって獲れる川魚が異なり、6月末まではハヤ(ウグイ)、7月から10月まではアユが獲れる。
「つけば漁」について調べる前は、なぜこのような魚たちが勝手に集まるのかと疑問に思っていたが、上田地域は千曲川の中流域で、ハヤなどの生息に適している地域ということが分かり、さらに、魚が集まるための場所を作る漁師さんたちの努力の賜物だということも知ることが出来た。
<参考>
上田市 「千曲川のつけば漁」上田市ホームページ
(https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/nosei/2544.html) (2022-1-24 閲覧) 2022-01-26 75 つけば漁 「つけば漁」とは、江戸時代から続いている伝統的な漁法。
群馬県で一、二箇所、長野県でも犀川、高瀬川などの数本の川でしか行われていない珍しい漁法。最も盛んなのがここ千曲川のある上小地区。この漁法は、魚が産卵したがる「つけば」を人工的に作り、産卵のためそこに集まった魚を投網で捕らえるもの。
しかし、この漁を行うには、きれいな砂利の管理が必要らしく、1日に2・3回、朝は5時から始まって掃除をしているらしい。
・「つけば」とは、『種付け場(産卵場)』がその名の由来
<参考>
「千曲川の伝統漁法「つけば」つけば小屋で川魚を味わう」うえだトリップなび
(https://ueda-kanko.or.jp/blog/special_tsukeba/) (2022-1-24 閲覧) 2022-01-26 76 比較から見る上田市工業の強み 上田市の隣には、機械・金属工業の中小企業を中心とし、優れた技術力を持つ坂城町がある。工業の分野が似ている両市町には、どのような違いがあるのか。
今回は坂城町と上田市それぞれの工業統計調査を参考にし、それらを比較するための指標として、平成30年における両市町の[①事業所数②従業者数③製造品出荷額④現金給与総額]四つを用いてみた。
《上田》 《坂城》
① 390事業所数 204事業所数
② 18890人 6068人
③ 52,667,396万円 22,748,130万円
④ 9,066,947万円 2,874,596万円
上記からもわかるように、精密機器や機械・金属という主要製品が同じでも、上田の方が製造品出荷額と現金給与総額が高い。これは事業所数・従業者数が上田の方が多いことに加え、大企業の工場を有していたり 2022-01-25 77 上田市の位置は工業向き ・日本のほぼ中央に存在するため交通インフラが良い
鉄道:JR北陸新幹線・しなの鉄道・上田電鉄別所線(上田駅で接続)
高速道路:上信越自動車道(菅平インターチェンジ)
東京から約190km(北陸新幹線で最短80分)
県庁所在地長野市から約40km
[参考資料]
上田ってどんなところ?-上田市ホームページ(https://www.city.ueda.nagano.jp/soshiki/uedapr/5606.html) 上田市ホームページ 上田市 上田市長 土屋 陽一 2022/01/19参照 2022-01-25 78 壮行會 こちらの記事は小學校での行事を示した記事である。
今と少し異なるところが5月27日と3月10日に行われた行事だ。
5月27日には海軍記念日として登山を、3月10日には陸軍記念日として記念講話を行っている。これらはどちらも軍を重んじた行事であり、小學校からこのようなことが行われていたと言うことを生の資料から受け取ることができた。
記事はこちらから
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0078.jpg 2022-01-25 79 勤儉週間 こちらの記事は勤儉週間についての記事である。
勤儉とはよく働き、倹約することの意である。戦地にいる兵隊が苦労しているから私たちもきちんと働き倹約しようという意味を込めてのものだと考察した。
標語である「今日の勤儉 明日の極楽」や「家を興して国を富ませ」等は当時の考えを体現したものだと感じた。
また「一銭を笑ふものは一銭に泣く」という標語が個人的に気に入った。今も昔もお金は大事。
記事はこちらから
1枚目:https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0058.jpg
2枚目:https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0153.jpg 2022-01-25 80 徴兵 こちらの記事は徴兵検査の結果についての記事である。やはり戦争ということで徴兵についての記事は多く見受けられた。徴兵検査の結果や徴兵適齢届の存在、また、小学校で兵士の壮行会が行われていたり徴兵検査の心得等々多様なものを発見することができた。
一つ疑問に思ったは、1枚目と2枚目からわかる通り、徴兵令が出されており届出をしないと罰せられるのにも関わらず、結果として31名中10名(6名が無名とあるため16人までの可能性あり)という少し低めな合格率であることだ。徴兵として集められても合格できなかった人は一体何をして過ごすこととなるのだろうか。
記事はこちらから
1枚目:https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0006.jpg
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4枚 2022-01-25 81 現役兵 この記事は塩田の村における現役兵を示したものである。
大勢の方の名前が記されているが、私が疑問に思ったのは左側に書かれている「海軍」についてだ。筆者は横須賀という文字から神奈川に配属された兵だと考察をした。なんとなく海がある県の方が適していると感じているが、長野県は海無し県であるのにも関わらず海軍に任命されるのが少し疑問に思った。
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https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0003.jpg 2022-01-25 82 上田工業の歴史 ①蚕のまち上田
江戸時代の末期から昭和にかけて、長野県経済は蚕糸業に支えられていた。上田はそんな長野県中でもいわゆる「蚕都」として名をはせていた。その要因としては、扇状地や河岸段丘の発達により桑の栽培適地であったこと。また、雨が少なく乾燥した気候が蚕の飼育に適していたこと。そして全国にさきがけて開校された、小県蚕業学校(現在の上田東高校)や上田蚕糸専門学校(現在の信大繊維学部)などによる蚕業教育が充実していたことが挙げられる。
②精密機械工業へのシフト
長野県が戦前から養蚕・製糸業に代えて精密機械工業へと産業育成の重点をうつし、かつ終戦後の1960年代には高度経済成長で商工業が発展したこともあり、上田の蚕糸業(養蚕、蚕種、製糸)も例外なく衰退を迎えた。しかし蚕糸業で培われた技術的 2022-01-25 83 真田街道へ 真田街道ののれんが立ち並んでおり、暗い中でも
目立っていました。
交差点付近に石碑が建てられており、
車通りの多い道路がすぐそこにあって騒がしい感じがしていたけれど、歴史を感じる静かな雰囲気がありました。
真田氏 祖父幸隆、父昌幸、兄信之が統治した地を結ぶ街道の通称で、江戸期には嬬恋村を通って高崎市方面へ抜ける街道を上州街道、信州街道と呼び、高崎市から沼田市を通って片品村、会津方面へ抜ける街道を会津街道(群馬県側の総称)、沼田街道(福島県側の総称)と呼んでいたとされています。
URL:https://www.city.ueda.nagano.jp/contents/sanadakaidou/ 2021-12-15 84 塩田平 観光 塩田平には生島足島神社や安楽寺、前山寺に代表される多くの寺や、神社があり、それを観光資源として利用している。また、別所温泉という温泉もあり人気の観光地となっている。
写真は前山寺。
参考・出典
[上田市]信州上田観光情報/温泉エリア
(参照 2021/12/20)2021-12-21 85 塩田平 工業 塩田には多くの工場が存在する。この写真はその中の一部の写真である。上田市は、最大5000万円の助成金なども出し、積極的に企業誘致を進めている。
参考・出典
上田市-工場等設置事業助成金
(参照 2021/12/20)2021-12-20 86 柳町 柳町が面する通りは北国街道といい参勤交代の大名や佐渡金山の金の通路、庶民の善光寺参りの参道として賑わったそう。
柳町のホームページによれば、真田信之が藩主になってからの『元和年間上田城図』には柳町の名前が掲載されているそうだ。(https://yanagimachi-ueda.jp/history) 2021-12-20 87 民主化は先ず家庭から…(『西塩田公報』第35号(1950年3月5日)4頁) 世間は民主化が進んできているが、家庭内では夫が妻に対して亭主関白ぶりを発揮している様子が見て取れる。
自分でできることは自分でやる、そうすることで双方にとって無駄な労力の消費を防ぐことができると述べられている。
現代の社会でも同様に言う事が出来、家庭内だけではなく学校や会社の中でも同様だろう。
▼この記事は以下から参照できます。
#1082 『西塩田公報』第35号(1950年3月5日)4頁 2021-12-16 88 草木染の仕方(『西塩田時報』第132号(1934年11月1日)2頁) この記事は草木染の復興の経緯と染色手順が記されている。手染の良さや使う草木によって染まり方の違いが細かく書かれている。
手染は確かに手間がかかるが、その分自分好みの味わいのある素敵なものができる。また使う草木によってこんなにも色合いのバリエーションがあることに驚いた。実際に自分も行ってみたいと感じた。
▼この記事は以下から確認できます。
584 『西塩田時報』第132号(1934年11月1日)2頁 2021-12-16 89 親の愛(『西塩田時報』第117号(1933年8月1日)4頁) この記事は親は我が子の欲望をどれだけ叶えてあげられるのかが話題になっている。それは子供が成長するにつれて難しくなってくると書かれている。
子供が愛されているという前提で書かれていたが、今日では親が子供を虐待といった問題も多く考え方が変わるのではないか。こういった今と昔の考え方の違いが面白いと感じた。
▼この記事は以下から参照できます。
520 『西塩田時報』第117号(1933年8月1日)4頁 2021-12-16 90 農家恐慌の実態(『西塩田時報』第1号(1934年10月1日)4頁) この記事は、面白いというより読んでいて当時の農家の実態のひどさが印象に残ったから選んだ。
私たちは、様々な恐慌についても、過去の出来事として学んでいるがここに書かれたものだと、現実味があって当時の苦労していた様子がリアルに伝わってきた。
馬鈴薯を主食にして1日に一回位の米粒を口にするものは上乗とされているとか、僅かな塩で飢えを充たしているとか。このような時代があったことを知っておく必要があるし、みんなに読んで欲しいと思った。
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0579.jpg 2021-12-15 91 ビタミンの話(『西塩田時報』第5号(1946年12月25日)4頁) 「ビタミンの話」というあまり見かけない話題にまず惹かれた。
記事の下には6種類のビタミンが表で示されている。書かれている食材が昔っぽいのもまた面白いなと思うし、すごく細かく詳しく書かれているので、きっとこの記事が役に立ったんだろうなと感じた。
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0973.jpg 2021-12-15 92 参院選挙投票率は79% (『西塩田公報』第38号(1950年6月5日)1頁) この記事は、参院選の投票率と結果について書かれている。個人的に面白く感じた点は、「投票余談」の部分だ。その当時、何を考えて投票したのかが具体的に書かれており、面白く感じた。
▼この記事は以下から参照できます。
#1091 『西塩田公報』第38号(1950年6月5日)1頁 2021-12-15 93 民主政府は総選挙で(『西塩田時報[戦後]』第4号(1947年4月20日)1頁) この記事には、戦後の当時の選挙に対するとてもあつい雰囲気がうかがえる。「私たちが幸福になるためによく考える」という点は今でも変わらないものだ。
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#985 『西塩田時報[戦後]』第4号(1947年4月20日)1頁 2021-12-15 94 震災の日の夜 震災が起きたその日の出来事を生々しく伝えるだけで無く、語り口調で物語のように状況を伝えているのが、ただ震災の状況を淡々と伝えている訳ではないので読み手が興味を引く内容となり、良い伝え方だと思った。
https://mmdb.net/mlab/uedagaku/jpg/nishishioda/p0012.jpg 2021-12-15 95 家庭メモ(『西塩田時報』第73号(1953年10月5日)4頁 当時の法務省民事局参事官平賀健太氏が講義を行った「戸籍」についての記事である。
戸籍の話から住民票や選挙権、戦没者の身分証明に至るまで、戸籍の重要性を講義している。
戸籍の届け出が正確ではなかった当時の様子がうかがえる内容である。
▼この記事は以下から参照できます。
#318 『西塩田時報』第73号(1929年12月1日)4頁 2021-12-15 96 禁酒(西塩田時報第1号(1923年7月1日)4頁) 酒でよほど痛い目を見たのか、端から否定派なのか、、
禁酒を進めるというよりかは酒を飲む人を全否定する言葉を並べてある。
しかし、軽快でストレートな表現が嫌味でなくて面白い。
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#4 『西塩田時報』第1号(1923年7月1日)4頁 2021-12-15 97 戸籍の話(『西塩田時報』第73号(1953年10月5日)4頁 当時の法務省民事局参事官平賀健太氏が講義を行った「戸籍」についての記事である。
戸籍の話から住民票や選挙権、戦没者の身分証明に至るまで、戸籍の重要性を講義している。
戸籍の届け出が正確ではなかった当時の様子がうかがえる内容である。
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#318 『西塩田時報』第73号(1929年12月1日)4頁 2021-12-15 98 『家庭欄 茄子料理』(『塩田時報』第17号(1948年7月25日)4頁) 茄子料理の説明がされている。
ほんわかして好きだ。村人に寄り添った記事が出ていることが何となく好ましく感じた。
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#1022 『西塩田時報[戦後]』第17号(1948年7月25日)4頁 2021-12-14 99 明るい村に(『西塩田時報』第17号(1948年7月25日)4項) この記事には、戦後の上田の人々の様子が書かれており、政府が取った政策を機に住み良い国を作ろうという想いが述べられている。
「町行く女の華々しき姿と色失せた人々の顔」という文からは、貧富の格差が大きい事が分かる。
戦後で荒れている世の中の様子が読み取る事ができ、興味のひかれる記事だった。
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#1022 『西塩田時報[戦後]』第17号(1948年7月25日)4頁 2021-12-14 100 『衛星メモ』(『塩田田時報』第15号(1948年5月25日)1頁) 本記事では家庭の雑学のようなものがいくつか取り上げられている。
現代なら検索すればすぐに得られるような知識であるが、当時の人々からはこういった豆知識のようなものが重要だったのかもしれない。
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#1015 『西塩田時報[戦後]』第15号(1948年5月25日)1頁 2021-12-14